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数学的モデルの歴史とその特徴と使い方について  (ログ容量 : 186,785 バイト)
 
01: くろき げん  2002/07/05(Fri) 23:10
歴史的な様々なモデルとそれらの特徴とその使い方について話し合いましょう。

私自身による関連した発言 (日時と逆順):

http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0290&rs=814&re=818&fi=no
http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0517&rs=345&re=346&fi=no
http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0517&rr=343&fi=no
http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0290&rs=507&re=511&fi=no
http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0290&rr=480&fi=no
http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0143&rs=913&re=914&fi=no
 
02: くろき げん  2002/07/05(Fri) 23:20
まったり、ゆっくり、進みましょう。まずは夜空の星の動きの話から。

第1回

gerard 氏曰く、「各局面では小さな瑕疵が最終的には累積して大きなモノになる可能性がなきにしもあらず」
http://www.ichigobbs.net/cgi-bin/readres.cgi?bo=economy&vi=0517&rr=254&fi=no

これは経済学に限らず科学全般において非常に基本的な問題だと思います。小さな瑕疵が累積して大きくなってしまうことをどのようにして防げば良いのか? そのようなことが可能なのはどのような場合なのか?

経済学ではこの点についてどのような議論があるか教えて下さる方がいれば非常に嬉しいです。この質問への手がかりを与えるために、物理学ではどのように考えられているかをゆっくり説明して行きます。

物理学は、経済学よりもずっと単純な系を扱っているおかげで、小さな瑕疵の累積が問題にならない場合を見付ける技法を開発し、理論的にも実証的に大成功をおさめています。

重要な問題は「どうして物理学が扱っている系が単純に見えるのか」です。

複雑に見える世界から単純な法則を抜き出すには大変な努力の蓄積が必要になります。我々はその蓄積の上に立った上で「単純に見える」と判断しているわけです。それではその大変な努力の蓄積の正体は何であるか?

つづく。
 
03: くろき げん  2002/07/05(Fri) 23:22
第2回

現代では、地球を含む惑星たちの運動を「太陽の周囲をニュートン力学にしたがってほぼ楕円軌道を描いて回っている」というシンプルでわかり易いやり方で理解しています。

しかし、現実の星空を眺めると、惑星の動きは相当に複雑なんですね。

毎日同じ時刻の星の位置を観察するとき、ほとんどの星(恒星)の位置は季節が進むと北極星の中心にいつも同じ方向に同じ速さで回転し続けることになる。そのおかげで星座のような概念が意味を持つことになります。

しかし、例外的にわけのわからない動き方をする星が幾つかある。それが惑星です。惑星の位置を毎日同じ時刻に観察すると他の星と逆の方向に動いたりする。 (「恒星」と「惑星」という言葉の中にも「惑星の運動のわけのわからなさ」が表われている。)

しかし、古代の偉人たちはきまぐれな惑星の動きをも相当に正確に予測する方法を見付けていたんですね。どのモデルも十分予測の精度に十分注意が払われており、現代の視点から見ても巧妙なものが少なくない。

その中で特に有名なのはプトレマイオスの体系でしょう。

つづく。
 
04: くろき げん  2002/07/05(Fri) 23:24
第3回 (過去ログ >> >>)

プトレマイオスの体系は精緻な天動説です。

天動説は、太陽や恒星だけではなく、夜空で気まぐれな動きを見せる惑星も地球の周囲を回転していると考える説のことです。

問題は、見掛け上恒星とは逆向きに動いたりする気まぐれな惑星の動きをどのようにモデル化するか。

プトレマイオスの体系の周転円のアイデアは、惑星は地球の周囲をおおざっぱには大きな円軌道を描いて回っているが、より正確にはその大きな円軌道に小さな別の円運動(周転円)を合成した動きをしていると考えることです。

これ以上は言葉で説明してもわかり難いので次のページを見て下さい。
http://kakuda.ed.niigata-u.ac.jp/semi/java/program/syutenen/gyakko.html
これを見れば周転円のアイデアを用いた天動説がどのような数学的モデルなのかすぐにわかります。

さらに精度を上げたければ、さらにもう一段小さな円軌道(副周転円)を合成することを考えたり、周転円の中心をずらすこと(離心円)を考えれば良い。

つづく。
 
05: くろき げん  2002/07/05(Fri) 23:28
第4回

惑星の運動を、周転円、離心円、副周転円の導入によって精密にモデル化するというプログラムは大成功をおさめました。プトレマイオスの体系は予測精度において、後の世のコペルニクスの地動説などに対して圧勝しています。

プトレマイオスの体系のやり方はフーリエ級数の話に似ています。項を増やせば予測の精度はどんどん上がって行くことになる。

しかし、この形のモデルの原理的な欠点は、精度を上げるためにはそれに応じただけ多くのパラメータを観測によって決定しなければいけないことです。

それに対して、ニュートン力学による説明は全く異なる性質を持っていました。必要なパラメータは万有引力の強さを表わす普遍的な物理定数と各惑星の質量だけです。ニュートン力学を用いた惑星運動モデルでは有限個のパラメータだけを決定すれば良い。

しかも、惑星を質点で近似してパラーメータを有限個に落として構わない理由がニュートン力学自身の性質の中に自然に組み込まれてしまっているのです。 (惑星を質点で近似しても惑星間の距離が大きければ何も問題が生じないことを数学的に証明できる。)

これは極めて決定的なことでした!

つづく。
 
06: くろき げん  2002/07/05(Fri) 23:30
第5回

現実の惑星はほとんど無限と言って構わないほど巨大な個数の原子・分子から構成されています。ニュートン力学に忠実であろうとすれば、それらの原子・分子一つ一つの動きをモデル化しなければいけない。

しかし、惑星の運動を予測するためには、各天体の総質量以外の詳細を無視し、質点とみなして構わないことがわかっている。

実際、ニュートン力学を用いた理論的予測と観測結果の数値的一致という形でそのことが確かめられている。未発見の惑星の存在を予測できるくらいニュートン力学は信頼できることが実証されている。

それだけではなく、ニュートン力学を用いて、惑星を質点で近似することを数学的に正当化することができる。

ニュートン力学は、惑星の運動を正確に予測することに成功しただけではなく、各天体の詳細を知ることなく、天体の運動を予測できる理由の説明をも与えているのである。

ニュートン力学が精緻な周転円理論に勝利したのは、単にニュートン力学が数値的に観測結果と一致したからではない。なぜならば、必要な精度に応じて細かな副周転円を複雑に増やして行けば、精度の面で天動説はそう簡単に負けるはずがないからである。

ニュートン力学が勝利したのは、まずなによりも、天体の運動だけではなくあらゆる対象に適用できる普遍的な理論であったからであり、さらに、ニュートン力学を用いた惑星運動のモデルの含むパラメータが少なく、「惑星を質点で近似する」などのモデルのパラメータの個数を圧縮するための技法がニュートン力学自身の性質によって正当化される仕組みになっていたからである。

このような性質のおかげで、ニュートン力学は極めて強い形で実証されることになりました。

つづく。
 
07: くろき げん  2002/07/05(Fri) 23:34
第6回

我々は、複雑な現実世界のあらゆる詳細を知ることはできない。数学的なモデルを立てるときにも現実を何らかの形単純化せざるを得ない。

モデルから得られる数値と観測結果を比べる場合にも、モデルから得られるあらゆる数値についてそれを行なうことは不可能であり、モデルから観測に関わる適切な数値の組を抽出して観測結果と比べることになる。

原子・分子レベルでの法則がすでによくわかっていたとしても、巨大な数の原子・分子で構成された系をモデル化するときには、原子・分子レベルでの法則をそのまま利用するのではなく、何らかの単純化が必要である。

これらの困難を克服して信頼できる理論を得るためにはどのようにすれば良いのだろうか? 各局面での小さな瑕疵が蓄積して大きくならないようにするにはどうすれば良いのだろうか?

この連載ではこの問題を、惑星の運動のニュートン力学による説明のような比較的単純な場合を事例に考察して来た。ニュートン力学の場合は様々な理由が合わさって、理論が極めて強い形で実証されることになった。

このような幸運な事例はほとんど存在しない。そのような幸運な理論はおそろしく複雑に見える現実に立ち向かうための貴重な足場になる。あまりにも貴重なので決してないがしろにできない。

次回はもう一つの幸運な事例について説明します。それは熱力学。

つづく。
 
08: くろき げん  2002/07/05(Fri) 23:36
第7回

熱力学の第二法則:任意の熱力学的系において、平衡状態 A を平衡状態 B に移す断熱操作が可能なための必要十分条件は

  (平衡状態 A のエントロピー)≦(平衡状態 B のエントロピー)

が成立することである。特に断熱操作でエントロピーを減少させることはできない。断熱操作によってエントロピーは単調に増加する。エントロピーが増加すると断熱操作でもとの状態に戻すことができなくなる。

(注意:断熱操作とは、外部から熱を与えたり、外部に熱を逃がしたりせずに行なわれる操作のこと。たとえば地球は太陽からの光によって外部から常に熱を与えられているので、地球環境問題に対して断熱操作に関する理論を単純に適用するのは誤りである。)

熱力学の第二法則の驚くべき点は、平衡状態 A を平衡状態 B に移す断熱操作はどのように滅茶苦茶なものであっても構わないということです。操作の途中で系が平衡状態からどんなに離れても構わない。状態の始点と終点が平衡状態であるような断熱操作では必ずエントロピーが増加する(正確には減少しない)。

熱力学の基本法則は現実世界で例外なく成立していることが知られています。

熱力学はそれだけで閉じた体系になっているマクロの物理法則です。巨大な数の原子・分子で構成される系から少数の熱力学的な量だけを取り出し、構成要素であるミクロの原子・分子の詳細には一切触れずに、熱力学的量の普遍的性質を非常によく説明しています。

これに対して、巨大な個数の原子・分子で構成された系の普遍的性質を、原子・分子のミクロの法則から導く理論も存在します。それが統計力学です。

つづく。
 
09: くろき げん  2002/07/05(Fri) 23:38
第8回

熱力学は、系の構成要素である原子・分子のミクロの法則には一切触れずに、マクロの普遍的性質を説明する理論です。

これに対して、統計力学は、系の構成要素である原子・分子のミクロの法則からマクロの普遍的性質を導くための理論です。

平衡系の統計力学は極めて成功しており、熱力学だけでは説明がつかないようなマクロの物理現象を多く説明することに成功しています。実は20世紀の物理学の成功のかなりの部分を統計力学が支えている。

しかし、熱力学はミクロの法則によって全て基礎付けられてしまっているかと言えば全然そうではありません。

たとえば、前回に説明したように、熱力学は、始点と終点の状態が平衡状態でありさえすれば途中ではどのように非平衡であっても成立している普遍的な法則を含んでいます。途中の非平衡状態は平衡状態からはるかに離れたどんなに滅茶苦茶なものであっても良い。しかし、そのような滅茶苦茶な非平衡状態の適切な記述を含む統計力学はまだできてないのだ。

一般にあるスケールにおいて十分実証されているとみなせる法則をよりミクロのスケールの法則から導くことは数学的におそろしく難しい。

つづく。
 
10: くろき げん  2002/07/05(Fri) 23:42
第9回

物理法則の実証の仕組みをよく見てみると、単純にミクロの法則がマクロの法則の基礎になっていると考えるのは正しくありません。実際には、ミクロとマクロの理論的および実証的整合性が極めて重要な役目を果たしている。

実際、現実に観測できる量の多くは平衡系の統計力学で計算できるようなマクロの量なので、原子・分子のレベルにおけるミクロの法則の正しさはミクロとマクロを繋げる統計力学によってサポートされていると考えられます。

一見ミクロの世界の量を直接測っているように見えても、実際には観測装置というマクロの系を通して増幅された量を見ているのだ。

直接には観測できない原子・分子レベルでのミクロの法則が正しいことを実証するためには、安定して使える信頼できるマクロの常識が存在するという前提が必要です。そして、ミクロとマクロの法則を繋げる理論が必要になる。

教科書に書かれている物理学は扱っている対象が比較的単純なのでその点が非常にうまく行っている。 (実際には単純であることがわかるまでに膨大な努力の蓄積が必要だった。)

物理学における比較的単純に見えるケースでさえ、信頼できる実証とは何かについて真面目に考え出すと全然簡単な話でないことがわかる。社会科学特有のやっかいさが全く存在しない物理学においてでさえおそろしく難しい。

つづく。
 
11: くろき げん  2002/07/05(Fri) 23:45
第10回 (最終回)

この連載では、惑星の運動に関する周転円の理論とニュートン力学を比較し、さらに熱力学と統計力学を比較し、信頼できる法則を見付け、それを実証することの難しさについて説明して来ました。

周転円を用いたプトレマイオスの体系ではモデルを少しだけ修正することによってどんどん精度を上げることはできますが、観測によって決定しなければいけないパラメータの個数もどんどん増える。

モデルのパラメータの個数を理論的にも実証的にも信頼できる形で圧縮できる普遍的な理論であるニュートン力学の登場によって、プトレマイオスの体系は完全に駆逐されてしまいました。

原子・分子レベルのミクロの法則と巨大な数の原子・分子で構成されたマクロの系の法則のあいだの関係は色々な意味で単純ではない。

まず、各スケールごとによりミクロの詳細に依存しない法則が見付かる場合がある。たとえば熱力学の第二法則はミクロの詳細に何も言及せずに述べられるマクロの普遍法則の典型例である。

もちろん、異なるスケール間 (ミクロとマクロのあいだ) を繋げることは極めて重要な問題だが、大抵の場合においてそれは数学的におそろしく難しい問題になってしまう。

次に、前者が後者を一方的に基礎付けているという考え方は誤りである。ミクロとマクロの法則の理論的および実証的整合性が全体の信頼性を支えているのだ。

あと、連載中では述べませんでしたが、ニュートン力学で述べた場合と同様に、ミクロとマクロの関係を考えるときには、信頼できる形でパラメータを有限個に圧縮することが決定的に重要である。

そのためには、様々な単純化による瑕疵の累積が大きくならないことを確かめておかなければいけない。 (これが "universality" の要請と直接に関係がある。)

この連載で説明した話と直接的に関係がある「普遍性 (universality)」という考え方については以下のページを参照して下さい。
http://www-cc.gakushuin.ac.jp/~881791/SandU.htm
http://www-cc.gakushuin.ac.jp/~881791/u.htm
http://www-cc.gakushuin.ac.jp/~881791/r.htm
http://www-cc.gakushuin.ac.jp/~881791/td/index.html

以上。
 
12: くろき げん  2002/07/05(Fri) 23:50
URLの修正:第1回 (>>2) の最初の段落を次のように修正する。

gerard 氏曰く、「各局面では小さな瑕疵が最終的には累積して大きなモノになる可能性がなきにしもあらず」
http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0517&rr=254&fi=no
 
13: くろき げん  2002/07/06(Sat) 00:25
「ミクロ」「マクロ」という言葉について

実は最初かなり誤解していて、今でも違和感を感じるのが、経済学における「ミクロ」「マクロ」の意味が物理学における「ミクロ」「マクロ」の意味と全然異なることです。

物理学における「ミクロ」「マクロ」は基本的にスケールの違いを表わしていると考えれば良いのでわかり易い。たとえば原子・分子レベルの話はミクロであり、我々の目で見える巨大な個数の原子・分子で構成されているのはマクロの系だ。

経済学の場合も「マクロ」と言えば一つの国家レベルの系を扱うのだが、「ミクロ」という言葉が出て来ても個人や企業単位の定式化になっているようには見えない場合がある。その理由は代表的個人や代表的企業は実際には多くの個人や企業の集合体を意味しているように見えるからだ。

物理学においては「代表的原子」のような考え方は基本的にしない。たくさんの原子・分子で構成された系では個々の原子・分子だけを見ていたのでは想像もできないような性質を持つことがある。物理学において、ミクロとマクロを繋げるという問題は、ミクロの原子・分子の単純な性質から、マクロの系でのみ生じる面白い性質を導くことである。

「代表的個人」ではなく、「くりこまれた個人」 (ここで「くりこみ (renormalization)」は物理学用語) のような考え方がマクロ経済学でも研究されていれば興味があるのだが、どういう文献を見れば良いのだろうか?

「くりこまれた個人」という言葉は、おおざっぱに言って、「集団全体を一人の個人のようにみなしたとき、その振る舞いは各個人の振る舞いとはかなり違っている可能性が考えられる。それにもかかわらず、集団全体を一人の個人のようにみなせるとき、それをくりこまれた個人と呼ぶことにする」のような意味で使っています。さらに「各個人の性質から、くりこまれた個人の特徴を導出できる」という条件が付け加われば「くりこみ」という言葉が本当にふさわしくなる。

「くりこみ」という見方・考え方については >>11ですでに紹介したましたが
http://www-cc.gakushuin.ac.jp/~881791/r.htm
を見て下さい。
 
14: くろき げん  2002/07/06(Sat) 00:30
連載 >>2-11の追記

連載で説明したような事柄を前提にして、いちごの経済板における皆の発言を読むと非常に楽しめるんですね。 (実際、私は楽しんでいる。) たとえば、

http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0290&rs=306&re=307&fi=no

の後半でドラエモンさん曰く、

>つまり、applied micro econometrics とはいうものの、実は集計の程度を落
>とした applied macro econometrics だと言いたいということだ。もちろん本
>来の macro economics は、予算制約で体系全体が縛られていることが重要だ
>から、それが無いと言う意味では micro かもしれんけど、 macro とは違って
>チャンとしたもので身分が違うみたいな事にはならない。

こういう話には社会科学特有の大変さに関する問題も含まれているのですが、社会科学特有の事情を無視して、「観測できる量は何か?」「意味のある観測量は何か?」という問題や「ミクロとマクロの関係が色々な意味で単純でないこと」について考えると、連載で説明したことと関係付けることができる。

実は、「社会科学特有の事情を考慮したとき、 robust な議論とは何か」について考える場合においても、連載で説明したことは決して無駄にはならないと考えています。

いずれによ、経済学と経済の周辺における面白い話を知るためには皆に頼らざるを得ないので、今後もよろしくお願いします。
 
15: 俺の名無しさん  2002/07/06(Sat) 12:52
代表的個人に関連して、
農i x_i(w_i,p) = x(農i w_i,p)
(i は消費者の名前、_ は下添字、x_i(w_i,p) は i の消費関数)
とかける x が存在する(=総消費が総所得のみに依存し、所得分配に依存しない)
条件を調べる話が(マスコレルとかのミクロの教科書に)あります。

例えば、コブダグラス型 u_i(x_i) = Π_l x_{il}^{alpha_l}
(l は財の名前、^ は上添字、alpha_l は i に依存しない)なら、
x_{il} = alpha_l w_i / (農k alpha_k p)
より
農i x_{il} = alpha_l 農i w_i / (農k alpha_k p)
と書ける、つまり、この効用関数の元では代表的個人の話を正当化できます。

>個々の原子・分子だけを見ていたのでは想像もできないような性質
じゃないですね。スマソ。
 
16: 俺の名無しさん  2002/07/06(Sat) 12:52
しかし、厳密性からいうと経済学ってつくづく工学だよねえ・・・。
設計哲学見失うと、クソみたいな機構しか生まれない。
デザイン、効率、剛性、メンテのしやすさ、ユーザーの支持、えtc
 
17: gerard  2002/07/06(Sat) 14:41
せっかく引用いただいたので参加させてもらいます。ただ、引用部分は私が
マクロやってない逃げ口上でしかないんですけどね。というか最近は怖くて
均衡以前の話しかしてない。。

>「くりこまれた個人」という言葉は、おおざっぱに言って、「集団全体を一人の
>個人のようにみなしたとき、その振る舞いは各個人の振る舞いとはかなり違って
>いる可能性が考えられる。それにもかかわらず、集団全体を一人の個人のように
>みなせるとき、それをくりこまれた個人と呼ぶことにする」のような意味で使っ
>ています。

「集団全体を一人の個人のようにみなせるとき」というのがどういうときなの
でしょうか?何がしかの(構造的に安定な)目的関数を最大化している
(それがパレート的集計かどうかはさておいて)、ということでしょうか?
(違ってたらスマソ)
もし個人の選好から形成されなくてよい、ということなら everything goes
(つまり結果の集合行動と整合的な目的関数がいくらでも恣意的に作ることが
できる)になってしまう可能性が高い。まあそこまでは言ってないでしょうが。
 
18: 俺の名無しさん  2002/07/06(Sat) 14:58
代表的個人は、凸性に関してすこし条件きつくしてアグリゲイトしていって
凸集合になるようにつくるって感じに理解しているけど。MWGの4章だったかな。

独占的競争モデルみたいなところでの代表的個人は、differentiated goods買う
から、そもそもいると仮定しているような気もするんだけど、あれもなんか
からアグリゲイトしているの?よくわかってないや。

>>15
微小世界と人間大の世界でモノは振る舞いがちがうとか、くろき氏は統計力学
みたいなこといいたいんじゃないかなあ。でも経済学って応用だからそんな厳
密な意味でマクロとミクロって言葉を使ってないような気がする。
厳密さで言うと工学って言葉、いい言葉だね。てゆうか、それでいいじゃん。

 
19: gerard  2002/07/06(Sat) 15:05
突っ込まれる前に書いときますが、もちろんeverything goesは「ミクロ的基礎」においても
起こりうる。要は「納得」の問題ではないかと思う。
少なくとも私個人は仮にマクロにおいて近似でも漸近的でもなくなく‘exact’に正しい現象論があったとしても興味を持たないと思う。というのは大嘘で、大昔に惹かれたことはありますがw
 
20: ドラエモン  2002/07/07(Sun) 01:57
>ドブリューさん

でも、経済学が経験科学として何を説明すべきかと言う点で、安定的な現象の規則性って無意味
なものとは思えないんですが、駄目?
 
21: ドラエモン  2002/07/07(Sun) 03:26
>>15

ホモセティックな効用関数(相対価格が決まると消費支出のシェアが決まり、所得水準に
依存しない)であれば、分配効果を無視してかまわないから、代表的個人の想定が可能に
なる。ただし、これは各人の消費は所得弾性値が1であることを含意する。これは容易に
反証される仮定だよね。つまり、代表的家計は、厳密な意味では想定できない。その場合
ディープパラメータの推定を行ったとして、その結果が何を意味するのだろうか?

僕のような「いい加減」な連中は、そうしたパラメータが安定していれば、まあ良しとし
て、実際の分析や応用に投入するわけだが、それはあくまでも「経験的安定性」しか根拠
はないわけ。だって、マイクロファンデーション的には、厳密に「無意味だ」とわかっているわけだから。
 
22: gerard  2002/07/07(Sun) 05:44
>>20
どらさん。
いや、stylized fact は否定してないですよ。それを対象に統計的モデルを用いることも
否定してない、実際問題として。
私が言いたいのは、マクロの stylized fact のレベルにそのまんま
universality を求めることに意義を感じない、ということです。

だから工学としてならOK。ただし、この場合「こうしたらこうなる」の部分と厚生分析の部分とが切り離されるわけだから、厚生概念はよほど自明じゃなきゃいけませんが。
 
23: 俺の名無しさん  2002/07/07(Sun) 08:51
>>1
こんなところで自己顕示欲満たしてないで、さっさとルーカス批判お勉強してザモデル氏と対決すればいいだろ
 
24: くろき げん  2002/07/07(Sun) 10:10
色々面白い話が出ているようですが、時間がないので「こんなところで自己顕示欲満たして……」と思いたがっている方およびその精神的なお仲間たちに対して一言。

私は「ルーカス批判」に意味がないなどと言ってない。

信頼できるモデルを作ることがおそろしく難しそうだから、ひとまず中間目標として micro foundation を重視する、ということであれば意味があると思う。

私が言いたいことは、どんなに micro foundation を持つモデルを考えても、 universality に配慮しない限り、信頼できるモデルは得られないし、おそらくモデルの信頼性を見積ることさえできないだろう、ということだ。

Micro foundation があろうがなかろうが、 universality が保証されてない (したがって信用できない) モデルに頼って政策提案するのは非常に危ない。信用できないモデルしか利用できない場合は、議論の良質なパッチワークを心掛けて、モデルの信頼性の無さが由来のリスクを減らすようにしなければいけない。

「専門知」について議論を始めると行き過ぎた肯定と行き過ぎた否定が出てきやすい。どちらの極論もうんざりするほど有害である。しかし、 universality という考え方を知っていれば極論を避けることができる。

しかし、非常に残念なことに、科学哲学の教科書には universality という考え方は私が知る限り全く登場しないようだ。だから、 >>11のリンク先の田崎さんは非常に素晴しい啓蒙活動をしていると思う。田崎さんは数学的モデルを扱うあらゆる分野に関係している基本的な考え方について説明しています。

まあ、いずれにせよ、時間を消耗するだけの不毛なギロンをするより、 informative な発言を心掛ける方が得だと思う。 >>23のような煽りはうざいので止めて欲しいものだ。
 
25: gerard  2002/07/07(Sun) 11:04
一部繰り返しになるけれども、
1:正直、くろき氏のおっしゃる universality を満たす理論が登場したところで経済学者が興味を持つとは思えない。
それじゃあ厚生分析できないから。

2:そもそも経済のようなメゾスコピックなレベルの運動において、人為と制度を離れたところにuniversality があるとは私は思わない。お天気じゃないんだから。
 
26: 俺の名無しさん  2002/07/07(Sun) 12:11
くろき氏はもう少しミクロ経済学を勉強したほうがいい。
厚生経済学を学べば、経済モデルの不完全性はすぐにでもわかると思う。
それでもなおモデルがなぜ必要なのか、ということについて考察して
もらえるとありがたい。
 
27: 毒虫五郎  2002/07/07(Sun) 12:18
>>26

補足すると「不完全性」の意味は、あくまでも黒木氏のいうuniversalityに対してのという意味です。あ、私が26の人ではないですので。26の人の意見に賛成します。
 
28: 俺の名無しさん  2002/07/07(Sun) 13:04
「繰り込まれた個人」というのに正確に対応する経済学的な概念があるのかどうか
は微妙だが、少なくとも、「代表的個人」、「代表的企業」よりは、「階級」という概念
はある程度は対応するのではないだろうか。ただ、問題は「階級」に属する主体の
特徴から、「階級」の特徴を導出できるかどうかはよくわからない。
結局、普遍性が経済学のモデルで保証されるかどうかだが、ザモデルを含めて、
そんなモデルは経済学には存在しないのでは。
 
29: 俺の名無しさん  2002/07/07(Sun) 13:44
...the interesting question is surely not whether [the RBC]can be accepted
as "true" when nested within some broader class of models.
Of course the model is not "true": this much is evident from the axioms
on which it is constructed.
We know from ths onset in an enterprise like this (I would say, in <i>any</i> effort
in positive economics) that what will emerge -- at best -- is a workable
approximation that is useful in answering a limited set of questions.
Lucas, Models of Business Cycles,p.45

興味深い問題とは、より広範な他の種類のモデルの中でそれ[RBC]が
「真」のモデルと認められるかどうかという問題でないことは明らかである。
もちろん、そのモデルは「真」ではない。このことはそれが前提としている公理から自明である。
このような試みにおいて(というよりも実証経済学におけるいかなる研究においても)
望みうるのは、せいぜい、ある限られた一群の問題に答える上で有益な近似を得ること
にすぎないという点は、当初からわかっていることである。
 
30: 俺の名無しさん  2002/07/07(Sun) 14:41
>>24の内容自体が、まさに「不毛な議論」だと分からないのが見ていて痛い。
ここは謙虚にミクロ経済学・厚生経済学、あるいは、ルーカス批判について
少しは独力で学ぶ(あるいは理解しようとする)姿勢をとることを薦める。
学んだ上で素直に質問すれば、きちんと答えてもらえるだろうし。
 
31: 俺の名無しさん  2002/07/07(Sun) 14:48
>>24
因みにmicro foundationというのは、単なるお飾りではないよ。
universalityどうのこうのという自分の理屈だけでなく、なぜ経済学の中で、特に政策を論じるときにmicro foundationが必要とされるのか、その理由くらいは学んで欲しいと思います。ルーカスがノーベル賞を取ったのにはそれなりの理由があるわけで。
 
32: ドラエモン  2002/07/07(Sun) 16:27
>>30,>>31

君たちの言うことは、経済学のお約束からすれば、100%正しく、黒木氏や僕はトンデモだ。
それは認める。

黒木氏はともかく、僕にすると問題は、物理学と違って経済学の理論の発展は、適用範囲を限定
すれば盤石なものの一般化ではないということなんだ。精密になればなるほど経済理論はある意
味で怪しくなるんじゃないかと思う。なぜなら、緊密に統合された理論体系は、それ故に前提の
妥当性が否定された段階で、体系全体が潰れてしまうからだ。

だとすると、究極の理論が出てくるまでは、いつ潰れるか分からない怪しい理論に基づいて政策
を論じざるを得ないと言うことになっちゃう。それじゃあ、経済学サークルの中ならともかく、
外部への説得力はないし、経済学内部でも検証・反証の困難な統合モデルの妥当性を巡って年中
論戦が続き、合意すら得られがたい事になる。

これでは不味いだろうというのが、僕の立場(恐らく黒木氏も同じ)である。この問題を解決す
るには、universalityの高い仮説の共有化を進めて、多くの点で相違している学派であっても
一定の合意にたどり着き、経済学外部も説得できる枠組みが必要なのではないかという事。

でも、こんな事言っても、まあ理解はして貰えないと思う。僕自身、昔はそういう経験主義者の
ような奴を見ると「理論なくして認識無し!」と爆撃してたからな。こういうのは、経済学外部
の人や、そういう人に分析や政策を「売り付ける」立場にならないと、死活的に重要とは思えな
いのは良く分かるよ。
 
33: 俺の名無しさん  2002/07/07(Sun) 16:45
意図はわかるが、意味がわからない書き込みだなあ。
 
34: ドラエモン  2002/07/07(Sun) 17:19
>>33

一言で言えばね、ザモデル氏は「可能な限り先端に近いところでコンセンサスのできるレベル」
を目標にしてカキコをしているが、僕は「最低の合意できるレベル」の確認を目標にしてカキコ
してるということ。だから、「ここから下はトンデモ」という議論が重要になるが、そんなのを
相手にするのはザモデル氏に言わせれば時間の無駄ということだ。

過去2年間のカキコ少し読んで貰えば分かると思うけど、先端的だったり理論的に難しい話しを
「非現実的だ」「役に立たない」などと言ったことは一回もないよ、僕は。それはそれで良いと
思ってるし、その方面で自分に能力も知識もないには完全に理解してるからね。僕が声高に主張
してきたのは「どう転んでもこんな主張は成立しない」といったものを明らかにすることだと思
うんだけど、成功してるかどうかは、まあ分かんないけどね(笑
 
35: ドラエモン  2002/07/07(Sun) 17:23
連続カキコで済まんが追加。

その意味では、ザモデル氏が「動学的一般均衡モデルで語るマクロ経済政策」というスレを立て
ていてくれれば、僕はそういう議論に干渉したり邪魔したりする気は全然ないし、そもそもほと
んどカキコできないし、たまーに質問するくらいだったろうと思うよ。その方が、議論はスムー
スに進んでたろうと思うと残念だな。
 
36: 俺の名無しさん  2002/07/07(Sun) 17:38
>32
トンデモとは思わない。エコノミストは初心を忘れるんだろう。
「経済学のお約束」=街灯の寓話

30,31は、自分自身分かってるとは思えない、
確かに、Lucasはマクロや軽量経済学の仕事の仕方を変えた、
分析上の技術的発展はあるかもしれんが、
政策立案に役立つような理論や原理が新たに発見されたことは無い。

街灯の寓話:街灯の下で落とした鍵を探してる人を見かける。
      声をかけると、「あっちで落としたんだが、向こうは明かりが無いから、
      ここで探している」と答えた(笑)
 
37: 歌舞音曲  2002/07/07(Sun) 17:55
>>34、35

ここ数日我慢(何を?)してたがもういけません。銅鑼氏の提案に激しく同意。ちょっとくろき氏の発言は長すぎてフォローできないが、34、35の銅鑼氏の発言はまっとうなものだと思う。それと誰かが書いてたけど、有効需要が所得再配分としてみなせる観点なんかは理論的には正しい余地があっても、この数年の長期(8を寝転ばす)の停滞を説明する上ではお笑いというか危険なもの。なぜならまかり間違ってもこの十年以上は所得再配分が改善されている。談合を規制した効果は? 政治の資金の流れは改善したのでは? トイザラスもできただろ? などなど。所得再配分の改善は顕著。こんだけ改善してても逆に有効需要(あるいは乗数効果?)が落ち込んでいるというみょうちくりんな帰結になる。もし有効需要が所得再配分的な観点で理論的に正しいと考えられても、そんなバカゲタ帰結を伴った政策なんか間違っても現世で生き残る可能性がないね。例の小林慶一郎ザモデルも同じ。何が国内で組織や企業に不信感が蔓延してDisorganizationだよ。証拠があればみたいもんだ。むしろそれは慶一郎の頭だ。暴言失礼。
 
38: 俺の名無しさん  2002/07/07(Sun) 17:59
話がどんどんずれていく・・・
 
39: gerard  2002/07/07(Sun) 20:00
>>20>>33>>34でどらさんのおっしゃる「安定的な現象の規則性」
「universalityの高い仮説の共有化」「最低の合意できるレベル」と
くろき氏のおっしゃる‘universality’とはかなり違うもののように
思われます。

物理のアナロジーじゃなくて経済においてくろき氏なりの‘universality’
のあるモデルはどういうものか、というのをきちんと伺っていないので
(この時点では酷なのでそれはしないですが)
これは私のあてずっぽうになりますが(これが外れていることを祈る)、

くろき氏のおっしゃる‘universality’のあるモデルというのは、
それはマクロ計量モデルのことではなくて、Zeeman, Goodwin, 最近なら
経済物理学が目指しているものに近いのではないでしょうか?
(くろき氏がそれらを念頭に置いているか、あるいはご存知か、ということは
置いといて、数物系の人たちの経済に対して持つ描像はたいがいそれ)

だとしたら経済学的には不毛にならざるを得ない(科学方法論としては
面白いかもしれないが)、ということ。
 
40: 俺の名無しさん  2002/07/07(Sun) 20:05
>>21
どうもです。
ついでに「容易に反証される」ことにも「まあ良しと」することにも同意。
代表的個人にしてもひどい問題は(なぜか)起きてないので、
くろきさん、安心してください。

15は「くりこみ」の経済学での例じゃなく、
「惑星を質点と見なせる」の経済学での(不完全な)例ってことでご容赦を。
 
41: 俺の名無しさん  2002/07/07(Sun) 20:58
ミクロ的基礎といっても(マクロ経済学を離れれば)いろいろあると思うのだが。

フューデンバーグとレビンによるラーニング(ゲーム理論で、近視眼的だけどそれなりに最適化をするエージェントのモデル(を用いて動学や均衡概念を基礎付けること))の解説
http://levine.sscnet.ucla.edu/Papers/Essay/ESSAY7.htm
によると、
1.replicator dynamics はマクロ、
2.stimulus-response model はそのミクロ的基礎
だそうです。「アメリカのマクロ経済学者」は2をミクロ的基礎と認めないのだろうけどw

ひとつのマクロに対して、たくさんの実証的支持と、少しでもいいけどできれば複数のミクロ的基礎があれば嬉しいのですが。

参考:behavioral economics スレ:
http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0298
 
42: 俺の名無しさん  2002/07/08(Mon) 14:38
誰かちゃんと黒木を爆撃しろ(笑)

gerardは、黒木のいうuniversalityが解らない、と言ってるだけで、内容が無い。
あの程度のことが分からないというのは、たんに頭が悪いだけ。

-------------------------------
Lucas批判、というのは大したものではない。人類の文明史の中で光ってるか?
で、Lucas批判をクリアしてるとかいう実体は何?
calibration? で、microfoundationの必然(ドグマ)はどこから来てるのか?

-------------------------------
Lucasはある所で、Simon,Sciences of the Artificialに言及している。
「外部環境と内部環境とのインターフェースとしてのartifact」だとか
「船の動きとは無関係なchronometer」だとかいう
自分にとって都合の良いのを見つけただけだと思う。

まあ、要するに、Friedmanの"as if"methodでしかなくて、
Lakatos流に、hard core/protective beltを使えば、
実証で肯定されようが否定されようが、hadcoreは安泰なのだ。

このような事に無教養な経済屋に質問しても無駄だ>黒木氏
 
43: 俺の名無しさん  2002/07/08(Mon) 17:39
32>経済学のお約束
って、何ですか? 「お作法」は科学ですか?
 
44: ドラエモン  2002/07/08(Mon) 17:50
>>43

経済学は、主体行動を市場均衡でつなぎ合せた体系として、独自の理論的性格を有する。
主体行動論だけでは経済学とは言えないし、つなぎ合わせの仕組みだけなら社会会計論
の一部になっちゃう(もちろん極論。市場均衡なんてふるい。ゲームに言及せよという
批判も今は置いとく)

だから、ザモデル氏の主張は、経済学の本道を行ってるのは確か。すべての仮説は、シス
テム(一般均衡のフレームワーク)に入れて、その社会的帰結を吟味しなければならない。
そのこと自体には、もう100回位は言ってるが、全然反対なんかしてない。可能なら、
そうすべきだし、そうしたいとも思う。そういうフレームワークのことを「お約束」と言ってる。
 
45: 俺の名無しさん  2002/07/09(Tue) 01:24
何でみんな話をぐちゃぐちゃにするのだ。

黒木氏が経済学の勉強が足りないのがすべていかんのだ。
経済学なんてのは、力学に比べればちゃんとした系をなしていないという
ことさえわかってもらえればそれでいいんだ。ミクロ経済学をしっかり読
めばすぐにでもわかるのだ。それでもなお、経済学というものは必要だ、
それはなぜなんだ、という考察をしてもらえればそれでいいんだ。

>>42
お前、知ってること並べ立ててるだけだろ。めちゃくちゃだよ。死ね。
 
46: 俺の名無しさん  2002/07/09(Tue) 01:50
>>45

いや、俺が思うには、>>42は、つまり「馬耳東風」なんだよ!ゴルァと言いたかった
のではないかと。俺もアフォだと思うけど。
 
47: ドラエモン  2002/07/09(Tue) 09:51
>>45

>経済学なんてのは、力学に比べればちゃんとした系をなしていないという

経験科学として?それとも数理モデルとして?数理モデルとしてだったら、そんなに
遜色はないんじゃないの?それこそ黒木さんに質問すべきことだろうけど。実際、力学系
の超大物のスメールとかが数理経済学に参入したのはもう20年も前のことだよ。

僕が(そして恐らく黒木氏も)が問題だと思っているのは、一般的な意味で、数理科学に
おける数理モデルと経験科学のブリッジの担保が、universalityといわれる概念と密接に
関連しているのではないかということだ。
 
48: gerard  2002/07/09(Tue) 11:05
>>42
ごめんね、頭悪くて。
頭悪いからアナロジーで語られても理解できないの。
 
49: 42  2002/07/09(Tue) 12:36
>45,46
Lucas批判をクリアしてるとかいう実体は何?
 
50: ドラエモン  2002/07/09(Tue) 12:55
一般に、どのモデルがルーカス批判をクリアしているかを確かめる方法はない。ルーカス
本人を含めて、マイクロファンデーションを明確にしたモデルを用いることの必要性を強
調しているが、それ自体は望ましいことだが、だからといってルーカス批判をクリアでき
る保証があるわけではない。目的関数や制約条件を間違って定式化すれば、明確な最適化
モデルも役にはたたない。

ルーカス批判の本当の教訓は、聞けばあたりまえのことだが、起こりうる政策の変更によ
り影響を受ける方程式をモデルの中で使わないように細心の注意をはらうことだ。
 
51: 42  2002/07/09(Tue) 12:58
>32
universalityはどうした?という突込みが入るのは、そもそも、
経済学においては、前提となる仮説のとっかえひっかえばかりしていて、
検証(仮説自体の検証も含む)なんてものは皆無だからだ。

そんなこともわからんか?>統計をやってるとかいう毒虫
 
52: 俺の名無しさん  2002/07/09(Tue) 13:57
ルーカスの言うマイクロファウンデーションってのは、効用関数から積み上げて
いけっていう話なんですか?

マイクロファウンデーションっていうと、市場構造についてマイクロファウンデ
ーションを持つって使い方を意味じゃないのかな。それはコンセンサスができて
いるの?それがなくてもいいってのは、わかってないといわれるだろうけど、私
には理解できない。

ケインズだって、不完全競争市場を前提にしてあんなこと言っているわけでしょ?
ザモデル氏は、最低限、完全競争市場がマイクロファウンデーションになっている
RBCくらいは理解しろって言っていたんだろうけど、なぜ、それにそんなに抵抗するの?
ドラエモンの本音を知りたい。そこから先に行かれると困る理由はなに?
 
53: ドラエモン  2002/07/09(Tue) 14:06
>>52

>ルーカスの言うマイクロファウンデーションってのは、効用関数から積み上げて
>いけっていう話なんですか?

そうです。>>50に書いたとおりです。

>ザモデル氏は、最低限、完全競争市場がマイクロファウンデーションになっている
>RBCくらいは理解しろって言っていたんだろうけど

違います。ザモデルにはニューケインジアンの不完全競争モデルも含まれます。

>ドラエモンの本音を知りたい。そこから先に行かれると困る理由はなに?

困りません。何度もいうように、そういう研究をおやりになるのは賛成ですらあります。
ただ、私は、今の日本の問題に対するアプローチとしては迂遠過ぎるし、既成のザモデル
で貨幣を適切に取り扱えるものがない段階では、パッチワークも許されるべきだと主張し
ているだけです。というより、パッチワークな議論をしている所に、「そんな意味のない
朝までテレビ方式の議論をするな。程度低すぎ!」と言って乗り込んできたのがザモデル
先生です。
 
54: 俺の名無しさん  2002/07/09(Tue) 14:34
>迂遠過ぎる
uso
自分の意見に合わない、だからいやだ
 
55: 俺の名無しさん  2002/07/09(Tue) 15:31
>そうです。>>50に書いたとおりです。

けっきょく、そっちの古い方の意味だったわけね。

>違います。ザモデルにはニューケインジアンの不完全競争モデルも含まれます。

そこまで広げていくわけでしょ?つうかMarketStructureって言葉知っているのかな。

>>54
俺もそうおもた。
結局本音は、いきなり頭ごなしに怒鳴りつけられて、あの手この手で
サボタージュにいそしんでいるだけじゃん。50過ぎた大人のやることかよ。
まったく団塊ってのはガキばっかりで困るぜ。
一時期2ちゃんで団塊は消えろとかいうスレが流行っていたけど、まさに
そのとおりだ。
 
56: ドラエモン  2002/07/09(Tue) 16:01
俺、50にはまだかなりあるから、団塊じゃないが(藁
 
57: ドラエモン  2002/07/09(Tue) 16:02
サボタージュってのは、ザモデル氏の議論の邪魔をするという意味だよね。俺、邪魔した?
 
58: すりらんか  2002/07/09(Tue) 16:38
銅鑼氏が「パッチワークも許されるべき」と言い,それにザモデル氏
が「それは無責任だ(整合性が示されていないから)」または「少な
くともmodelによる議論のふまえてないのにはじめからパッチワークで
行くというのは良心的でない」(以上,ザモデル氏のをすりらんか流
にソフトにしてみました^^)というだけでしょ.で,どっちが正しいか
は各自勝手に判断すればいい.で,言うまでもなく僕は銅鑼よりになっ
ちゃうけど,

「modelによる議論のふまえてないのにはじめからパッチワークで行
くというのは良心的でない」というのは全く正しいstatementだと思
う.だから僕は方法論争は程々に切り上げて,具体的な論文に関する
議論をしばらくやってみようと思ってる.で,こういうのやってる内
に僕の意見もかわるかもしらんし,かわらんかもしらん.
 
59: ドラエモン  2002/07/09(Tue) 16:56
>>54,>>55

それだけ詳しいんだから、ザモデル氏相手にビシバシ議論してくれよ。邪魔なんかせず、
ゆっくり見物させてもらうから。
 
60: dell  2002/07/09(Tue) 22:09
>>53

「迂遠過ぎる」などというそれこそ迂遠な言い方をするからいけない。(w
「使えない」とはっきり言うべきでしょう。(少なくとも既成のモデルでは)
そういう「迂遠」な言い方をするから、>>54>>55 みたいな的外れな批判を受けるんですよ。
 
61: ドラエモン  2002/07/10(Wed) 00:32
>dellさん

違う違う。連中は、僕が何を言おうとケチつける気なんだから同じ(藁
そうじゃないなら、早いとこザモデルと建設的な討論を始めてくれ>>54-55
できないなら、ポスト団塊のチキン世代に認定してあげよう。ザモデルと討論してボロが出るの
が死ぬほど恐ろしいかな(爆
 
62: 俺の名無しさん  2002/07/10(Wed) 04:09
>>60
使えないとか簡単に言うなよ。
理解していないくせに。
 
63: ドラエモン  2002/07/10(Wed) 09:36
>>62

dell氏の知ってる「経済学」を応用した現状分析は、お互い十二分に分かってる訳だ
よな。全面的に、あるいは部分的に、賛成か、反対かはともかく。次は、>>62がよく理解
している動学的一般均衡理論で現状分析と政策分析を提示する番だぜ。

掲示板なんて好き勝手なこと書いてかまわねーんだ、発言にアカウンタビリティーなんか
要求されるいわれはないというなら、2ちゃんにお帰り。2ちゃんと同じことを同じルール
でやるなら、なにもこの掲示板が存在する理由もないし、そもそもここに君が来る理由も
ないだろう?
 
64: 俺の名無しさん  2002/07/10(Wed) 19:42
最近のドラエモン氏にあえて返すが、

オマエモナー
 
65: ドラエモン  2002/07/10(Wed) 20:04
ごめん。確かに頭の具合がおかしいな、最近。そもそも方法論争に迷い込んだのが間違い
ではある。というか、このスレみたいに、最初から方法論を議論すると決めてればともか
く、具体的な政策だとか分析の段階で、方法論を論じてもあまり生産的ではない。

ともかく、ザモデル派は、なんかやって見せてよ(笑)俺の方は、これだけトンデモな
オールドケインジアンとして歌ったり踊ったりしたんだから(w
 
66: dell  2002/07/10(Wed) 21:54
>>62

いや、既成の「ザモデル」で日本経済の現状に対して十分な処方箋が出せるなら、これにまさる喜びはありません。日本経済も10年以上に及ぶ長期停滞から脱出ですね。
>>60 が杞憂であることを私自身が祈りますよ。(笑)
 
67: 俺の名無しさん  2002/07/10(Wed) 23:29
>>66
オールド・ケインズで説明がつくなら、この30年余りのマクロ経済学なんてないよ。
オールド・ケインズで日本経済の現状に対して十分な処方箋が出せるなら、これにまさる喜びはありません。日本経済も10年以上に及ぶ長期停滞から脱出できてますよ。
 
68: dell  2002/07/10(Wed) 23:36
>>67

そう、私は、より大胆な金融緩和や財政出動で10年以上に及ぶ長期停滞から脱出できると考えています。(詳細は散々他スレで議論されているのでご存知でしょう)

貴殿はどんな政策でそれが可能と考えているのですか?
お考えを聞かせて下さい。
 
69: 俺の名無しさん  2002/07/10(Wed) 23:43
ドラえもんはロボットなので相当言っても壊れないから
もっと言ってやってもいいよ
 
70: ドラエモン  2002/07/11(Thu) 00:10
>>67

この30年のマクロ経済学の発展の最初の原因は、別に政策的な有効性に対する疑問では
ないよ。最大の批判者であったフリードマンも、使っていた理論的枠組みはISLMであっ
たことがそれを裏付けている。むしろ、発展の原動力になったのは、論理的な整合性特に
みなさん大好きなマイクロファンデーションに対する渇望であったと言って間違いない。

合理的期待仮説だって、一見したところケインズ政策の有効性を否定することに最大の眼
目があるように思われていたが、すでに周知のように、政策無効性命題はルーカス供給関
数というか、期待錯誤労働市場均衡モデルにこそあって、合理的期待とは直接関係ない。

ザモデル派の物言いに切れた結果、我ながら過剰にオールドケインジアンモデルを擁護し
過ぎたとは思うが(笑)、基本的な現象説明力だけなら、多くの補助仮説をくっつければ
そんなに見劣りはしないのではないか?問題は、そんな補助仮説を山ほどくっつけている
こと自体が、もはやお役ご免になっている証拠ではあるが。だが、最大の問題は、オールド
ケインズモデルに取って代わるはずの新しいマクロ経済学が、十分に説得的な説明や議論
を展開していないことだ。

実際、ここでも、爺は早く死ねと罵倒するときは皆さん大変にお元気だが、ザモデル氏を
除くと、新しいマクロ経済学に則して、日常言語で現象や政策の説明をできる人はいない
ではないか。数式なしに理論を説明しろなんて無茶だと言うのかもしれないが、それでは
俺のような反動勢力はもちろんだが、一般市民を説得することは原理的に不可能だぞ。ま
あ、オールドケインズだって、一般市民に受け入れられているわけではないのは、野口本
を見れば歴然だがね。だが、新しいマクロ経済学がオールドケインズを完全に撃滅するに
は、ここで実力の片鱗を見せてもらいたいところだが。
 
71: cloudy  2002/07/11(Thu) 00:54
>>67
単に今の危機を脱出するなら、ケインズや高橋是清レベルで十分じゃないすか?

今足りないのは迷い猫さんもいってたけど経済学というより、政治家や官僚をどう
説得するかじゃないのかな。

ザモデル氏のモデルでは、非合理な政治家や中央銀行の行動を記述し、彼等に
希望どおりの行動をとらせることができるのかしら?
まあそんなモデルができたら、それはもはや経済学ではなく心理歴史学だろうけど。
(いやほんと、ザモデル氏が掌にのせたプライム・レイディアントをじっと見つめる姿
を想像してしまいましたよ。)

そういえば、クルーグマンは心理歴史学者志望だったそうですね。
 
72: 俺の名無しさん  2002/07/11(Thu) 14:23
Lucasは学部のときは歴史学。
 
73: 俺の名無しさん  2002/07/12(Fri) 01:32
Hicksが受け持った最初の講義は経済史だった。
 
74: 俺の名無しさん  2002/07/12(Fri) 07:39
>>72-73
昔の話ですな.
経済学が,現在のような科学としての体裁を,
まだ十分整えていなかった古き良き時代の話.

現代の歴史的考察は(過去のデータに依存するという意味で),
計量経済学に包括されてしまったのでしょう.
これ以外は概ね制度史だから,文学部社会学科か政治学科で主にやってるようだね.

いずれにせよ,数学モデルと「直接的に」関わっている主問題だとは思えない.
 
75: 俺の名無しさん  2002/07/12(Fri) 12:30
>52
ケインズは不完全競争でなくて、完全競争を前提にして議論している
のだが。ただ、その内容は今の主流派と同じかどうかは微妙なところ
があるかも知れない。
 
76: ドラエモン  2002/07/12(Fri) 13:57
>>75

ただね、有効需要の原理を「数量制約」と読めば、無限弾力的な主観的需要曲線に直面し
ている完全競争モデルとは整合しないわけよ。根岸の屈折需要曲線にしろ、ニューケイン
ジアンの不完全競争モデルにしろ、そうしたバックグラウンドから出てくるわけで、カレ
ツキーとかのように「独占だから不況が起こる」といった問題ではない。
 
77: 俺の名無しさん  2002/07/12(Fri) 14:21
このスレッドは「ミクロ的基礎付け」や「アドホックな仮定抜きに」というローカル・ルールの是非について、
くろき氏にお答えする所だと思ったんだが、誰も手をつけませんな。

まあ、か猫>>60のような話だと、自覚の無い経済学者には無理かもしんない。
 
78: 俺の名無しさん  2002/07/12(Fri) 14:22
リンク先が違う。ていうか、勝手にリンクが生成されるのね。知らんかった。
 
79: ドラエモン  2002/07/12(Fri) 15:00
>>77

一応、>>70で書いたのが、その趣旨に対応するもののつもりなんですが。つまり、経済学
の内的な発展の論理は、限界革命以降は、ケインズとヴィクセル位を例外にして、基本的
には論理整合性の追及だったわけです。まあ、ある意味でケインズはヴィクセルの後継者
みたいなもんだから、結局ケインズだけが「目の前の現実に理論を合わせろ」という立場
だったと言っても過言ではない。で、ケインズの述べたことは正統派批判の域を出ないも
のとも言えるから、論理整合性重視という主流派にとっては発展の基礎にはならなかった。
例外は、フランス・ケインズ派だが、前にも述べた事情で80年代後半にはポシャッてしま
いました。こうなると、ケインズ以前の経済学の基本的な構造の延長上に整合的な体系を
作ろうというのが中心になるのは当然の成り行きになったんだが、政策効果とか気にして
多くの人はそこまで踏み込めなかった。ところが、ルーカスがそのタブーを粉砕したので
一気に情勢が変わり、今日のように「マイクロファンデの無いオールドケインジアンは塵」
という評価が定まったわけです。

問題は、日本のデフレ不況という現実を、新しいマクロ経済学が簡単に説明できるなら
深刻なものにはならなかったわけで、ケインズ派が消えていくだけの話になったのだが
必ずしも新しいマクロ経済学が状況をうまく説明してはいないと思う人も増えてしまっ
たことでしょう。その上、ルーカス御大まで、その真意はともかく、日銀は銃でもポテト
でも買えというに及んで、ゴキブリケインジアンが蠢き始めたのが、この数年のことでは
ないでしょうか。あ、政策当局や政治家がゴキブリ派なのは、一応別問題。
 
80: 俺の名無しさん  2002/07/12(Fri) 15:14
>>79
その先祖ケインジアンをルーカス批判もOKなザモデル上で復活させようと
いう主張はどうなの?
そこが焦点になっているわけでしょう。
 
81: ドラエモン  2002/07/12(Fri) 15:20
かくして、論理整合性を唯一の導きの糸とする経済学発展の図式と、依然としてマクロ
経済変動のメカニズムはオープンクエスチョンであり、さしあたり「目の前の現実」か
ら議論をスタートさせようとか、レジーム転換に対して安定した法則性をデータから発見
しようなどという不純な考え(典型的には銅鑼衣紋)が一掃されない。

この混迷する日本経済学の状況を憂えて、最先端の主流派モデルを用いれば、そんな不純
なアプローチを無視して、現実の問題を理解し、解決できると主張して降臨したのが、
かのザモデル氏である。そうなると、バックにしている理論の整合性では当然ながら
ザモデル派は圧倒的に強い(というか、それしかないと書くと爆撃されるがw)ために
最近まで「お山大将状態」だったゴキブリケインジアンは、最後の拠り所である「日本の
現実」でも窮地に追いやられ、壊滅寸前というのが現状ですな。そこで、「現実」を巡る
論争が起こるのは当然の帰結です。ここで戦線を突破されると、もう後はない(W
 
82: ドラエモン  2002/07/12(Fri) 15:24
>>80

ザノデル氏のアプローチが、果たして「ザモデル上でのケインズの復活」と言えるのかど
うか。貨幣経済固有の資源配分の歪みとして不完全雇用を考えるのがケインズなら、ザモデル氏
の実物的アプローチ(資本市場は含むが、貨幣は表に出てこないという意味)がケインズ
ではないと、僕は思う。
 
83: 俺の名無しさん  2002/07/12(Fri) 15:50
平たくいうと、法学部(エール大学であれ東京大学であれ)と
制度学派(含むケインジアン)が近くて、その両者より(近代)経済学部は著しく離れている。

経済学部はますます純化し、かつては少しはあった政策への立案能力も今やなくなり、
右翼の宣伝カーの様に政策提言を模倣した活動をいつかくる救済の日まで機械的に続けている

ということですか???しかし学生運動で大学経営者のやるような活動を機械的に模倣した人も
卒業後目が覚めて一家庭人としてがんばっている人もいますし、もちろん大学に残ったり
出版者に勤めたりして、憲法で認められた表現の自由の許す限りに活動するのはありだと
思われます。それにそういう機械的模倣的反復の得意な人でも、経済学部卒で銀行員になれば
それなりに高い給料をもらえる場合もありますし、それが自己実現へつながっていくケースも
多々見られると思われます。馬鹿騒ぎするかそのふりをするかで金銭が支払われる・・・
というのは民主主義の一到達点で、悪い話ではないと思うのですが>銅鑼衣紋さん
 
84: 俺の名無しさん  2002/07/12(Fri) 17:01
「非人格的な法の統治」というのがジャコバン党の台頭を許した事例もありますし、
「非人格的な経済モデルの統治」というのが将来政治的な悲劇をもたらす日が来るかも
知れません。だだ、日本ではこれまで「モラルハザード」(=金持ちへのねたみ、
地位へのそねみを放置することにより起こる弊害)を特に問題として対象化して
こなかった事情があるので、それをさかのぼって裁くのはやはり法治主義の規範を
逸脱したものでしょう。経済学は相当程度「食い物のうらみ」を解消したので、
今後は一学問分野として他との住み分けを考えるか、官僚制度や裁判制度との
折り合いを考えていく時期なのではないでしょうか。
 
85: 俺の名無しさん  2002/07/12(Fri) 17:23
というわけで、個人の人格的な判断を捨象した非人格的かつ決定論的なモデルを
心ゆくまで話合って下さい。年を取ってからの麻疹は身に堪えますので。
 
86: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 12:47
>>79

その話は、新古典派、正統派内部のお話であって
同じケインジアンでもPKは別なような。
新古典派のミクロ基礎にケインズ持ってくるから
論理整合性がとれないんであって
論理整合性を取るならケインズ経済学はPK(ケインズファンダメンタリスト他)
に落ち着き
新古典派は新しい古典派に落ち着くような。

中間は存在しなくてよい。
 
87: ドラエモン  2002/07/13(Sat) 12:51
>>86

はっきり、「ドラエモンは逝って良し!」と書く方が、よくわかりますが(笑
で、PKのミクロ基礎ってスラッファですか(w
 
88: ポチ  2002/07/13(Sat) 13:07
>>86

私もザ・モデル氏の投稿をよく読んでいないし
オールドケインジアン以下、ゴギブリ以下の
ポストケインジアンなのでよくわからないけど

ここで言う新しいマクロ経済学は
新しい古典派だけではなく、ニューケインジアンも
含まれているということはないのかなー。
間違っていたらごめん。
ニューケインジアンも論理整合性は取れているような?

ポストケインジアンについてはザ・モデル氏と同じ土俵では
対話できないと思う。
 
89: ポチ  2002/07/13(Sat) 13:10
>>87

PK嫌いのドラエモンさんに火をつけてしまった。
PKのミクロ的基礎はアイクナーなんかが一生懸命やっているけど
まだ、まだ未完成なような。
 
90: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 13:17
>>87

ポストケインジアンのミクロ的基礎

http://www.econ.kyoto-u.ac.jp/~ida/3Kenkyuukatudou/2Jisyubenkyoukai/PKKakakuriron.html
 
91: くろき げん  2002/07/13(Sat) 14:38
スレ主の私がずっと黙ったままですみません。まとめて色々考える時間がありません。

個人的には経済学における各々の数学的モデルのどこがどう面白いのかについて書いて下さる方がいると良いなと思ってました。私がどういう感じの話であれば面白いと思うかについては、物理の話を長々とした部分を読んで頂ければわかるはずです。

「数学的モデルの歴史とその特徴と使い方について」とタイトルを付けましたが、「歴史と特徴」に関してどういう話をしたいかについては述べたのですが、「使い方」については何も話してませんね。その点も申し訳ない。

各々の数学的モデルの歴史と特徴およびそのどこがどう面白いかをより明確にすれば、その有益な使い方および有害な使い方の話がやり易くなります。

たとえば、「現在の◯◯の分野の主流派の中では、モデルを立てるときに△△という要請を守るべきだとされている。しかし、△△を要請する過程で××などを無視してしまうという問題があるようだ。××などなどの無視が大きな問題を引き起こさないという保証はない。しかし、△△の要請のもとでのモデルの研究が非常に興味深いことは事実である」という状況があったとしましょう。

もしも現実に直接的に適用できそうなモデルだけしか研究してこなかったとすれば、数学を用いた自然現象の研究があんなに成功をおさめることはなかったでしょう。だから、たとえ他人には机上の空論に見えるようなモデルの研究も続けなければいけない。ただし、その研究は何らかの意味で興味深いものでなければいけません。そのどこがどう興味深いかに関する雑談はきっと面白いものになるはず。私は経済学におけるそういう話を是非とも聴きたい。

しかし、特定の要請のために無視されがちなファクターが現実的には大きな問題を引き起こさないという保証がないならば、モデルを政策提言に使うときには補完的な他の見方とのパッチワークが絶対に必要だということになる。

バカとモデルは使いよう!
 
92: 歌舞音曲  2002/07/13(Sat) 14:59
あのやはり最後の発言がどうしようもなく連想させるでのすが。あ、ぶたないで。
 
93: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 15:25
>>88

だったら、生き残るのは
ニューケインジアン、新しい古典派、ポストケインジアンの3つで
オールドケインジアンは生き残れない。

論理整合性を重視したら、現実を反映しないとするなら
そのもとの新古典派のミクロ的基礎が誤りなのではないのか。
そうであるなら、パッチワークではなく
理論そのものを基礎から練り直す必要があるだろう。
新古典派の経済学を棄却するということだ。
そう考えれば、ケインズマクロは非新古典派のミクロ的基礎を
持つべきであり、ミクロ的基礎が未完成とはいえPKの方向性が正しいという
結論にもなる。
 
94: ドラエモン  2002/07/13(Sat) 15:50
>>93

その通り。本来は非新古典派ミクロ経済学を作ろうとしたのが、仏蘭西ケインズ派(マランヴォー
とかベナシーあるいはフランク・ハーンなんかの)80年代での試み。問題は、巧くいってない
ということ。だれも永久にパッチワークでで良いなどと思ってはいない。君等と違って、完備し
た完成品が売ってないので困ってるだけ(自分で作っているザモデル氏は別w)
 
95: ポチ  2002/07/13(Sat) 15:59
>>93

ケインズマクロが非新古典派のミクロ的基礎を持つべきだという考えには
賛成。

問題はドラエモンさんの

>ケインズの述べたことは正統派批判の域を出ないも
>のとも言えるから、論理整合性重視という主流派にとっては発展の基礎にはならなかった。

この指摘なのではないだろうか、
ケインズの述べたことが正統派批判の域を出ないものなのか
科学革命と呼んでも過言ではないレベルのものであったが
正統派によって流産させられたのか。
ケインズの経済学のミクロ的基礎が非新古典派であるべきか
否かは、このあたりの認識のズレかもしれません。

詳しくは一般理論スレで。
と自分のスレッドを宣伝。
 
96: ポチ  2002/07/13(Sat) 16:03
>>94

ドラエモンさんがPKとは別の方向で、ケインズ経済学に
非新古典派のミクロ基礎を提示することに成功したら
私はドラエモン派に寝返るかもしれない。(笑)

PKだとかニューケインジアンだとか
そういうのを越えて、新しい経済学を作れるような
そんな天才を待ち望んでいる。
 
97: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 16:51
ザ・モデル派、パッチワーク派に対抗して
非新古典派ミクロ的基礎派が登場!
 
98: くろき げん  2002/07/13(Sat) 17:13
科学における論理的無矛盾性の要請について。

「きんすスレッド」における
http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0534&rs=103
に書こうと思ったのですが、「方法論」の話と「日本経済」の話を一緒にやると混乱を招く可能性が大なのでこちらに書くことにしました。

「自分自身の主張をサポートするデータを全く何も示そうとしない」ことに関する、ザモデル氏の「データはどのようにでも解釈できる」という言い訳は論外なのですが、論理的無矛盾性だけを単純に要求する態度もおそろしく非科学的だと思います。

実際、物理学は論理的無矛盾性にガチガチにこだわったりしなかったから成功しているように見えます。

たとえば、量子電磁力学 (quantum electrodynamics, QED) は実験と理論が数値的におそろしく精密に一致することで有名な理論なのですが、 QED は連続的な非自明な場の量子論としては論理的にほぼ間違いなく矛盾している。

電磁相互作用以外のファクターも考慮したより究極に近い理論は無矛盾だと期待して良いでしょう。しかし、 QED のような部分的理論に内部無矛盾性を単純に要求する必然性はありません。単純過ぎる無矛盾性の要求はむしろ科学的に有害だと思います。

経験的に現実のある側面をよく記述しているように見えるモデル M が当然課されるべき要請と矛盾しているとき、モデル M は当然課されるべき要請と矛盾しているという理由だけで却下されるべきなのでしょうか?  QED の成功は必ずしもそうではないことを示しています。

モデルを立てるときには、系の詳細を無視して、系の特徴を有限個のパラメータに押し込むというよう類のことが必要です。無視したファクターをも適切に考慮に入れたより精緻なモデル N を考慮すれば、矛盾が回避され、さらにモデル N のある種の極限を考えることによってもとの M が現実のある側面をよく説明していた理由の一端が判明するかもしれない。
 
99: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 17:18
>>98

>無矛盾性の要求はむしろ科学的に有害だと思います。

だからと言って、まったくケインズ経済学とはまったく理論体系の
違う、新古典派ミクロ経済学をミクロの基礎におくことを肯定する
ことはできまい。
 
100: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 17:20
>「自分自身の主張をサポートするデータを全く何も示そうとしない」ことに関する、ザモデル
>氏の「データはどのようにでも解釈できる」という言い訳は論外なのですが、

経済学においてデータはどのようにも解釈できるのは一面の真実。
 
101: ドラエモン  2002/07/13(Sat) 17:25
>>100

経済学に限らんよ。天動説だってデータを一見無矛盾に解釈できる(恒星との距離なんて言わな
いようにw)
 
102: くろき げん  2002/07/13(Sat) 17:31
たとえ「経済学においてデータはどのようにも解釈できるのは一面の真実」だとしても、それを「自分自身の主張をサポートするデータおよびその解釈を示そうとしない」ことを正当化するための言い訳として使うのは論外。そういう態度はあらゆる真面目な議論をぶち壊してしまう。

専門家であれば、「できるだけ客観的にやったつもりだが、自分自身のバイアスが含まれているかもしれないから、他の方々の批判を望みます」という態度で、必要なデータとその解釈を示すべきでしょう。
 
103: ポチ  2002/07/13(Sat) 17:39
>>21

じゃーここで言う「経験的安定性」ってなんなの?
 
104: ドラエモン  2002/07/13(Sat) 17:42
>黒木さん

その他大勢からの爆撃覚悟で書きますが、どうも経済学の連中は自然科学と経済学の相違につい
てナイーブ過ぎる劣等感を持ち過ぎなんです(笑)>>100なんかそうですが、経済学のデータの
扱いがいい加減なのは、別に経済学の問題ではなく、そういういい加減な奴が多いというだけの
ことですけど、分かってないようです。自然科学だって、イカサマの実験なんか幾らでもあるし
それがなかなか分からなくて、後になって大スキャンダル?になることなんてそれほど珍しくも
ないですよね。

QEDの例もそうですが、卑近な例ででいえば半導体の作用のメカニズムなんか実は良くわから
ないうちから実用に投入されてた。物質内部での電子の移動の仕組みについてのマイクロファン
デーション無しの段階で使われてたわけですよね。

などと書くと、ルーカス批判で粉砕される運命にあるが・・・。でもルーカス批判を免れないと
しても、それによる変数への効果の大きさは無視しして変化の可能性だけを叫べば良いんでしょ
うかね?まあ、そんな意見はトービンと共に墓の下か(w
 
105: ポチ  2002/07/13(Sat) 17:43
黒木さんは、あくまでもケインズ経済学は新古典派的なミクロ基礎の上に
あるべきだと思うのか、それとも非新古典派的なミクロの基礎が必要だと
考えるのかどちらでしょう。
ドラえもんさんは非新古典派的ミクロの基礎づけは必要で
なにもパッチワークばかりやっていればいいという意見ではない
(でも、非新古典派的ミクロとは、PKのそれではない。)
黒木さんはどうなのでしょう。
 
106: ドラエモン  2002/07/13(Sat) 18:10
>>105

それは経済学者でもエコノミストでもない黒木氏に訊くことではないでしょう?

しかも、新古典派均衡を一方の極とし、ケインズ均衡(ないし均衡の集合)を他方の極とする
ようなモデルを、仏蘭西ケインジアンは作ってたわけで、PKのような意味での「非新古典派
ミクロ」というわけではないよ。だから、どっちがいいとかあまり追究しても生産的ではない
かもね。(うるさいのは俺だけどw)
 
107: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 18:49
素朴な疑問なんだが、

>それは経済学者でもエコノミストでもない黒木氏に訊くことではないでしょう?

そろそろ具体的な見解を黒木氏から聞きたい、と思っているんだけど、
なんでだめなの?
 
108: ドラエモン  2002/07/13(Sat) 18:53
わかった、わかった。また言論弾圧とかいわれるから>>106は撤回する。勝手にしてくれ。
 
109: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 20:15
くろき氏もかなり好き勝手言っているというか、
自分で土俵作って行司をしながら相撲とってて、
他人の土俵には絶対に上がらないって感じがす
るんだな。
経済学を面白がるのは勝手だが、すでに存在す
る土俵にも乗って欲しいものだ。
 
110: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 20:35
その土俵が、まともな科学からみたらローカルルールだから
疑問があるんじゃないの?

土俵に乗る取らないいぜんに、土俵がグローバルじゃないってことで。

俺、工学出身者で、経済学に興味を持っているものだが、
経済学の内部の論理をひたすら追求する姿勢に
面白さと同時にものすごく違和感ある。
普通の科学は実験などによって仮説が裏付けられない限りは、
あくまでたくさん在るうちの仮説だけど、経済学だとものすごいアドホックな仮説
のうえにのってるんだもん。
そしてそれを当たり前だと受け取る人たちがいるのを見ると、
変った分野だとかんじる。
おれが実験屋に教育されたせいかもしれんがなー
 
111: ポチ  2002/07/13(Sat) 20:39
>>104

ドラえもんさんはエコノミストかもしれないけど
私は黒木さんと同じアマチュアであって
同じ条件で議論しているのですし
別に黒木さんを責めるわけでもなく、単に、経済学をネタに
議論しているだけのことでしょう。
黒木さんに答える義務がある訳ではないけど
聞くのも私の自由だと思うのです。
 
112: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 20:52
アドホックな仮説で、学会誌などに出てある程度オーソライズされているものから、
都合のいいものを選び出して、都合のいい結論を導き出して業績を量産するという
のが二流経済学者の基本的なモデルだ。

それでも、それを10年続ければ大先生なのだ。
 
113: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 21:04
現実経済を知らないほうが、論文は書きやすいぞ、と、大学院で何度も
言われた。言われた、というより、忠告された。

経済学というのはいったいなんなのだろうか。
 
114: 110  2002/07/13(Sat) 21:07
>>112
ふーん。
普通それやったらデーター不備、追試できない、ってリジェクトだ。


なんか違和感を覚えたのは、
たぶん哲学と似てるところがあるからじゃないかといま思い当たった。パンキョーで読まされたデカルトの方法序説にさ、「神が創ったから人間は良識をみんなもってる」てのがはじめにかいてあってそれを前提にはなしがすすんでるんだな。そういう反論を許さない過程を作って、そこから理論を出発するってのが、経済学と似ていて違和感を感じたのかもしれん。経済学って数学を使って科学風でも、思考方法が哲学っぽいといえばいいのか?
 
115: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 21:09
経済学はね、イデオロギーなの。
経済学には実在なんてないの
ケインジアンであろうが新古典派であろうが
新しい古典派であろうが、ニューケインジアン
であろうがPKであろうが
経済というものに対する視点が違うだけ
違う視点で見れば違った道具ができて、結局どの
道具を使っても説明できたりする。
残るのは、個人の思想やイデオロギーだけよん。
 
116: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 21:10
>>113
DQN大学の院生発見!!
 
117: ポチ  2002/07/13(Sat) 21:14
>>114

経済学は形而上学的な仮定をおいて、それに対して
きっちりとした説明がなく
その仮定から導き出された帰結を、データと合わせて
正しいだのなんだの言う、
それが100番さんに違和感のもとではないですか?
 
118: 110  2002/07/13(Sat) 21:16
>>115
イデオロギーか。
ミクロは(面白いし有益な視点だとおもうぞ)それっぽく感じる。

でもさ、いろんな視点があっても、データーへの説明能力がやっぱちがうんじゃ
ないの?視点=理論の正しさは説明能力のみをもってきまるんじゃないの?

経済学は不思議の国?
 
119: ドラエモン  2002/07/13(Sat) 21:17
>>115

>違う視点で見れば違った道具ができて、結局どの道具を使っても説明できたりする。

説明はね(嗤 サプライサイド構造改革主義政策とケインジアン的政策を今の日本に適用して、
どっちもどっちの結果しかでないなら君の意見も正しいが、マルクスや毛沢東、小平ではない
が、理論は実践で検証されるかもよ(笑
 
120: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 21:25
>>119

つーか、人間は絶対に真実にはたどり着けないのであって
経済学は現実の経済現象を説明するための道具にすぎない。
道具の良し悪しは当然にしてあるだろう。
今、正統派である連中よりも、良い道具ができれば
そいつに乗り換えるだけのこと。
 
121: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 21:25
>>116
関東地方の旧帝の応用経済だが、何か?
ちなみに内部進学だ。
 
122: ドラエモン  2002/07/13(Sat) 21:27
これこれ。学歴ネタは止めてくれ。俺が劣等感持つから(藁
 
123: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 21:29
でも、道具の間で甲乙つけることができなきゃー
最後はそいつの思想やイデオロギーってことだ。
 
124: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 21:31
>>122
言論統制ハケーン
 
125: ドラエモン  2002/07/13(Sat) 21:36
>>113&>>123

これは実は大問題だと思うのよ。サムエルソンの登場以前は、経済学の重要な業績は
ある程度年の行った経験豊富なオヤジが出してた。ところが、数学できて過去の業績
の数学化で膨大な業績を出したサムエルソンの登場の前後から、数学じゃあるましい
若い奴だけが正しい、業績を出せる分野に変わったのだ。君も言われたろうが、経済
学は35までとか(笑

で、現実経済睨んで、その混沌の森に迷い込んだら35までに大きな業績残すのは無理
だよね。だから、サムエルソン方式が主流である今の経済学では、余計な事に関心興味
を示さず、一直線が正しいわけだよ。問題は、こういう路線の限界生産力が大幅に逓減
している懸念を抱くおちこぼれ(=僕その他)の意見にも一理くらいはありそうだとい
うことだ(こういうのを悔し紛れというw
 
126: ドラエモン  2002/07/13(Sat) 21:37
>>124 おい、これはこの掲示板発足時からの約束だぞ。嫌なら出て逝け。
 
127: 110  2002/07/13(Sat) 21:40
やっぱ、いろいろ試行錯誤して今の経済学になってるんだね。すごく勉強になった。
レスくれた人あんがと。
 
128: ポチ  2002/07/13(Sat) 21:49
>>125

経済学の古典にはグランドセオリーというか世界観があって
それはそれで面白いのだけど
サミュエルソンやらフリードマンやらがポパーを持ち出してから
経済学がピースミルなものになってしまって面白くなくなった。

いったい
緻密な数学を駆使した経済学が現実の諸問題にどれだけの答えを導き出したのだろう。
宇沢弘文なんか、苺では人気薄だけど、共鳴する部分もあったりする。
 
129: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 21:59
>>125
「現実」をどの程度なものに考えるかによるけど、
応用系で現実を知らないで、ほんとに論文を書けるの?
ゲームの理論論文に対してさえ
その論文は、現実にどんなimplicationがあるのか注意されるよ。
 
130: ドラエモン  2002/07/13(Sat) 22:05
>>129

もちろん、良心的にやってる人も多いのは認めるよ。特に応用ミクロなんかは全然違うでしょう。
問題が一番深刻なのはマクロなのかもしれないな。
 
131: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 22:18
経済学者が「実務家」に対して必要以上の劣等感を抱くのは、
そこらへんの負い目もあるのかもね。

現実の政策提言になると極論しかいえなくなるようなやつは
存在価値ないんだけどな。落とし所くらいは共有してくれや。
 
132: 俺の名無しさん  2002/07/13(Sat) 22:21
>>128
>緻密な数学を駆使した経済学が現実の諸問題に…
説得力が増すってことでしょう.一方,
numerical exampleはあくまでexampleだ.
現実「もどき」ってことでしょう.
 
133: ドラエモン  2002/07/13(Sat) 22:28
>>128に関しては、>>132と同意見。

基本ロジックの分かっている問題に関しては論理整合性は当然の要請で、それに関してはザモデル
的立場になんらの反対もしない。それどころか、徹底的に押し進めるべきだと思う。問題は、
基本のロジックが未だ未解明の問題もあるんじゃないのということだけなんだが、既に既存の
枠組みで十分だと考えている人から見れば、俺なんざ外吉なのは良く理解できるよ(笑
 
134: 歌舞音曲  2002/07/13(Sat) 22:43
超亀レスなんですが、仏蘭西ケインジアンの理論が不細工な基礎づけなのはわかるのですが、それでもなかなか魅力的なアプローチだった気がします。
例えばベナシーとかマランヴォーとか根岸さんとかの理論ではリフレ政策はどんな含意をもつのでしょうかね?そういえばハーンはソローと共著で
A Critical Essay on Modern Macroeconomic Theory
を書いたりしてます。まあ、僕も詳しくないんですが、ニューケインジアンとかれら仏蘭西ケインズ派(ハーンはなんか一概にそういえない気もしますが)の理論的な差異はなんなんでしょうね?


A Critical Essay on Modern Macroeconomic Theory
 
135: 歌舞音曲  2002/07/13(Sat) 22:47
それと毒虫五郎氏がどこかで推奨していた大瀧氏やあと吉川さんなんかの試みは、需要が供給を制約する、という意味でのケインズモデルをちやんとミクロ的な基礎づけから動学的な枠組みで取り組んでいるに思えます。ザモデル路線とは違う可能性がやはりあるんだなあ、と最近このふたりはすごいのでは?と時差ぼけに悩みながら思っています。
 
136: ドラエモン  2002/07/13(Sat) 22:51
>>134

掠ってますよ。根岸モデルを見れば分かるように、不完全情報市場で囚人のジレンマ的な状況が
あって、それが原因で主観的需要曲線はキンクして、価格の硬直性が最適になるわけだから。
だから、右下がりの主観的需要曲線=不完全競争モデルを基礎にしたNKのモデルは近い親戚で
はある。だが、違いも多いけど、そこら辺はそのうちね。
 
137: すりらんか  2002/07/14(Sun) 13:51
>>135
でも,吉川氏と大瀧氏ではその方向性はかなり違いますよね.吉川氏の話は(経済物
理学のほうはよく知らないんですが)特に政策提言に関しては,「よい財政政策とい
うのがある」という意味でザモデル氏の話などに結構近い感じがします.一方,大瀧
氏のほうは内生的価格硬直性による貨幣の非中立性,また経路依存性と自己実現的な
期待による貨幣中立均衡と非中立均衡という話題なので所謂「ザニューケインジアン」
的な話に近い感じがします.
 
138: くろき げん  2002/07/14(Sun) 14:59
雑談です。適当に無関係に見える雑談を混ぜるのが個人的には好み。

>>71-74

cloudyさん@>>71の「クルーグマンは心理歴史学者志望だった」や「プライム・レイディアント」はSFファンには有名なネタです。

「心理歴史学 (psychohistory)」はアイザック・アシモフのファウンデーション・シリーズのヒーローの一人であるハリ・セルダンが創始した完全に数学化された社会科学の統一理論のようなもの(らしい)です。

クルーグマンはファウンデーション・シリーズのファンで、子供のときの夢は心理歴史学者になることだった。しかし、心理歴史学はまだ存在してなかったので、それに最も近い分野として経済学を選んだ。

http://www.wws.princeton.edu/~pkrugman/incidents.html

アシモフのファウンデーション・シリーズはハヤカワ文庫SFに翻訳されているので簡単に手に入るはずです。堪能するためには有名なロボット三原則が主題になっているロボットものも読んでおいた方が良いです。

個人的には心理歴史学のようなものは不可能だと思うのですが、新・銀河帝国興亡史三部作で再度セルダンの活躍を描いたベンフォード、ベア、ブリンの問題意識の一つになってます。
 
139: 俺の名無しさん  2002/07/14(Sun) 15:18
Economic journal の100周年記念号でも読んでから出直したら?
邦訳もあるし。
 
140: 俺の名無しさん  2002/07/14(Sun) 16:18
>>138
「心理歴史学」と量子力学とはどのような論理で併存可能なのでしょうか。
というのが「銀河帝国の興亡」を読んですぐに浮かんだ疑問だった。

心理歴史学がもし確立したなら、不確実性もリスクも情報の不完全性も
すべてなくなるから、経済学は完全に終焉するな。まあ経済学だけでなく、
すべての科学が終焉するだろうが。
 
141: くろき げん  2002/07/14(Sun) 16:56
>>140

「心理歴史学がもし確立したなら、不確実性もリスクも情報の不完全性もすべてなくなるから……」という意見には完全に同意。アシモフが描いた世界は我々が知っている世界と全然違うように見える。

でも、それなら、なおさら新三部作も読まにゃあ。新三部作の著者たちもやはり同じような疑問を持っていたことがわかる。 (読んでも納得できないところが出て来るでしょうが。)
 
142: 俺の名無しさん  2002/07/14(Sun) 18:07
>>140>>141リスクの概念を正しく理解していますか?
 
143: くろき げん  2002/07/14(Sun) 18:18
>>142

アシモフ読んだ?
 
144: 俺の名無しさん  2002/07/14(Sun) 18:24
不確実性とリスクは経済学上では違う概念なんだということを
言いたくて言いたくてたまらないのですがいいですか?
シカゴ大学のフランク内藤が言い始めたんですよ。

 
145: 歌舞音曲  2002/07/14(Sun) 18:29
フランク内藤ですか。新しいボクサーか何か?
 
146: 俺の名無しさん  2002/07/14(Sun) 18:41
普遍性の話に戻っていいですか?

部分均衡って普遍性高いんですかね?(奥野・鈴村「ミクロII」22章、とか参照。)
部分均衡は、一般均衡と違って、1つの財だけを考えて分析すること、ですよね。
たとえばガソリンに税金をかける効果を見るとき、
税金が所得に与える影響、そこからの所得効果、とか、
他の代替、補完財の需給の変動の効果を無視して、
つまりガソリンの需要、供給関数が課税の前後で一定であると仮定して分析すること。

ガソリンの市場がそれほど大きくなく、他に代替、補完財がろくになければ、
部分均衡で大丈夫、ってことになってます。
そういうふうに学部で習うし、「ミクロII」にも「1次近似としてOK」とある。
実際、応用ミクロ(産業組織論とか)じゃ、部分均衡を使うのが普通です。
つーか、一般均衡だったらギョッとする。

で、疑問があります。教えてください。

1. 部分均衡の議論は一般均衡の立場から厳密に証明できるのか?
(準線形効用関数をいきなり仮定するのは反則。
「市場がそれほど大きくなく…」の説明に従ってないので。)

2. 実証的にも正当化できるのか?正当化できる財はどんな財で、できない財はどんな財か?
 
147: 俺の名無しさん  2002/07/14(Sun) 18:54
>>144
Uncertainty と ambiguity も違う概念だと、
ロチェスター大学のえぷしゅたいんが言い始めたんですよw
(つーか、ここでそんな区別してどうすんの?)
 
148: 俺の名無しさん  2002/07/14(Sun) 19:44
仮定から加法性を落としたものでしたっけambiguity
細かな区別には無関心ですが。
 
149: ポチ  2002/07/14(Sun) 19:49
>>144

PKは普通そう考えるよ。Pデビットソンなどもさかんに強調しているし
私もインフレターゲットスレで同じことを言っているよ。
 
150: ポチ  2002/07/14(Sun) 19:51
リスクは数式で対処できるが、不確実性は対処できないな
リスクは合理的行動という枠組みで考えられるけど
不確実性は無知という状況だから
アニマルスピリッツという概念が必要だな。
 
151: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 01:25
>>148
とにかく可積分ならいいだよ。ポチはあほ。どっちも数式で対応するんだよ。
おのれはクソコ解釈だけしとれ。
 
152: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 02:26
重力加速度10m/s^2
熱の仕事当量4J/cal
絶対零度(0K)-300℃
音速300m/s
光速9x10^9
クーロン定数9
真空誘電率9x10^-12F/m
アボガドロ定数6x10^23個/mol

ところで乗数は普遍ではありません。逝ってよしです。

 
153: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 09:43
>>146
部分均衡は普遍性が高いんじゃないか?
よく出る例で、書籍の再販価格維持制度というのがあるが、あれを業者は
書籍の買取制度による負担を軽減するために再販制度と委託販売制度をセットで導入することに
意義があると主張している。再販価格維持制度抜きの委託販売制度は考えうるし、
両者は部分均衡モデルとして独立に説明しうるものだと考えられるから、
両者を結びつける意味はなく、そこだけが経済的動機でないことがわかる。
つまり分析の道具としてある程度有効。
 
154: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 10:21
まじめに書き直すと、部分に不均衡がある場合は、その部分を含むより大きな部分の
均衡過程がデッドロックになる可能性があるから、均衡解はありえても収束は保証されない。
摂動のない解でも均衡と言い張るのは勝手だが、ここらへんはセンスの問題なので
特に部分での調整過程が非常にゆっくりな場合に言い張るやつは知らん。
(「崖から落ちている過程のマンモスはまだ生きている理論」等。)
 
155: 146  2002/07/15(Mon) 11:04
レスありがと。
でも、「再販制度を分析しうる」「均衡への収束」はわけわかんないです。

まず、前者「いろんなことを分析しうる」ことは、よい数学モデルの要件だとは思う
(例えば、近経のマル経に対する優位、非協力ゲームの協力ゲームに対する優位)
けど、くろきさんのいう普遍性とは違う。
それだったら、一般均衡は部分均衡と少なくとも同程度には「いろんなことを分析しうる」よ。
(くろきさんが普遍性にそんな意味もこめてたらスマソ。)

くろきさんのいう普遍性は、
「複雑に見える世界から単純な法則を抜き出す」ときに
「信頼できる形でパラメータを有限個に圧縮する」ことと関連します。
その際に、gerardさんがいうように
「各局面では小さな瑕疵が最終的には累積して大きなモノになる可能性」
があるけど、それはどれぐらい大きくなるのか?ということです。
部分均衡の文脈なら、ceteris paribusってどうよ?ってことです。

(私見では、部分均衡と一般均衡の比較とか、
部分均衡の創始者マーシャルの学史的評価において、普遍性が強調されたことはあまりなく、
院生向け教科書(=マスコレル)とかは「部分均衡は厳密にはうそ」とばかり
書いてある、と思う。そのへんについて「気の利いた教科書」あります?)

後者「均衡への収束」はぜんぜんわかんないです。
 
156: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 11:16
>>146
一般均衡を批判するときによく言われるいいかたで、
「自然の浄化能力と天然資源の埋蔵量を無限に見積もる」という言い方がされると思います。
自然の浄化能力を超えるごみに課税をしたり、天然資源の発掘量をゼロにする方向で課税を
したり、ということをすれば一般均衡が達成される、というのが教科書的な答えで、
部分均衡というのは、そういう大きな問題を解決するのに、部分均衡でより簡単に達成される
外部条件を政策的にほぼ非干渉で達成できる場合がある・・・という例で引かれるのが
ほとんどだと思われます。特にスケールの小さい場合に、均衡による微調整がはたらく状態を
保つ条件を整えるのが、もっともよい利害の調整方法であると主張したのが多分スミスで、
だから大体の(明らかに異端であるか過激であるか、まあリベラルであるか以外の)
教科書は、同じような筆致で書かれている印象を受けます。まあ薄いのをパラパラ読んだだけですが。
 
157: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 11:20
マーシャルですが、要するに需要に対して供給を同程度重視するというのは、
要するにサプライサイドではないかという批判を目にした覚えがあります。
スミス→マルサス→ワルラスがディマンドサイド、で、
リカルド→マーシャルがサプライサイド、ちょっとひねくれものの意見

という程度の分類ですが。
 
158: 146  2002/07/15(Mon) 11:50
「自然の浄化能力と天然資源の埋蔵量を無限大に見積もる」かどうかは、
生産関数をどう設定するかどうかの話で、一般均衡vs部分均衡じゃないです。
一般均衡で「無限大」と仮定してもしなくても大丈夫だし、
それと同じ意味で、部分均衡でも「無限大」と仮定してもしなくても大丈夫です。
二重の意味で、その一般均衡批判は間違いです。

他も基本的に意味不明です。知ってる単語をつなげても文章にはなりません。
ああ、こんなレスしかつかないほど僕のは無内容なのか?鬱だ氏のう。

ちなみに、「マーシャルは供給も同程度に重視する」はかろうじて正解。彼の
「需供とかけてハサミととく。」「そのこころは?」「ひとつでも欠けると切れません。」
っていう問答で有名。
 
159: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 12:38
>146
つまらん学史屋は、現役の応用ゲーム理論家が書いた、Marshall's Tendencyでも読んで出直せ。
 
160: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 12:41
ああすまん。tendenciesと複数形だった
 
161: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 12:46
>>159
つーかゲーム理論の基本で、鳩派戦略のプレーヤーの方に長期的に利益が蓄積する
非対称性があるのはいちおう常識なんだろ?無文字階級の人は知らんがさ。

で、需要サイドと供給サイドのどっちが鳩派だと思うんだ。
 
162: 146  2002/07/15(Mon) 13:09
>>159
このスレとモーレツに関連のある本みたいですね。読んで出直します。
(ちなみに僕は学史屋じゃなくゲーム理論家のたまご。)
ちなみに、159さんがシロート向けに、
本の簡単な解説を書いてくれると、とても嬉しい。

Sutton の本のイントロ
http://www.kuleuven.ac.be/upers/mt.htm
Christ による書評
http://www.econ.jhu.edu/people/Christ/Sutton.pdf
 
163: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 13:25
それは典型的なマーシャルの誤読だと思われるよ。まあいいけど
 
164: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 13:39
ゲーム家のたまごなら、評判をクチコミで聞けるでしょう。
もし、まんがいち、本を読んだなら、Economics and Philosphyという怪しい雑誌でも見てください。
(本を読む前に見ちゃだめよ)
 
165: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 13:41
>>163
Marshallの「誤読」なんて関係ないね>3流の学史屋
 
166: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 13:44
>>165
個人攻撃はヒックスを勝手に読むスレにぶつけてくれ。読んでの通りゲームびいきで、
経済理論と数学モデルの性質一般の議論を区別して論じられない人を話すのは
実は大変苦手だ。
 
167: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 16:35
「誤読」というなら、どう「誤読」か説明してみ。聞いちゃるから。でもデムパは無視するよ。

ところで件の本、さっそく借りてみましたです。100ページぐらいで薄いですね。
Carnot(カルノーサイクルのカルノー)なんて人も出てるし。
 
168: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 17:34
>>167  わしゃ157だ。というかどういう文脈で返事をしてるのか心の仕組みを教えてくれ。
君、自分が電波だと相手が電波かどうか判別できないとか、そういう事を考えたことがないの?
まあ自意識がないというケースや、自意識がない本物の電波さんに被害者意識をもっていて
電波さんの真似をすることで自分を守っているケースというのは考えられるけど。
 
169: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 19:46
>167
おお早いな。紹介しときながらなんだけども、手元にないのでよく憶えてない。
今週図書館に行ったとき延滞で貸出禁止処分を受けなかったら(笑)借りてみる。

3流学史屋は無視無視
 
170: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 20:38
途中までだけど、簡単にまとめ。

はじめに
経済学を学びたての学生が感じる疑問は次の2つ:
1. 人間はそんなに合理的か?
2. こんなに単純化して数学モデルを作って大丈夫か?
本書は2を扱う。
 
171: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 20:55
第1章 標準的パラダイム
潮の流れは、「太陽や月の重力」といった確定的な項と、
「気象」という不確実なもので説明できる。
確定的な項に、「大陸の形」や「海の深さ」を追加するとかなりの精度で分かる。

経済学の標準パラダイムもそれと同じ。内生変数 y は
外生変数 x = (x_1,...,x_n) とランダム項 η によって、
y = a_1 x_1 + ... + a_n x_n + η
とかける。(線形は重要じゃない。)データから a_1,...,a_n を決めてやればよい。
「完全なモデル」において重要なのは、
(1) x が重要な要素を余すところなくとらえ、
(2) η が十分でたらめに動き、
(3) モデルが1つの解を決める
ことである。

ただし、必要な外生変数が観測できないときは困る。
第2章では困らない例を見る。
第3章では困る例をみるが、「完全なモデル」を少し諦めれば、いい理論ができる。

#歴史の部分はあんまり分からなかったので、パスしました。
#これじゃあ、なんで「マーシャル」か分からないです。誰か補ってください。
 
172: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 21:11
第2章 うまくいくモデル
うまくいくモデルとして、オプションの理論とオークションがある。

S_0, S_T を資産価格、T を残存期間、K を権利行使価格とすると、
コールオプションの利得は
max (S_T - K, 0)
で与えられる。このオプションを 0 時点で買うときの価格(プレミアム)は、
ブラック=ショールズの公式で与えられる。(略)
これは、S_0, K, T, 利子率 r と分散パラメータ σ
(σ は ln(S_T/S_0)が正規分布に従うときのその標準偏差を√Tで割ったもの)
だけで決まる。投資家のリスク回避度や正規分布の平均に依存しない。
σ だけが観察不可能だが、残存期間の違うオプションがあれば、そこから逆算できる。

データは概ね理論とよく合う。後はファインチューニングするだけ。
 
173: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 21:29
第2章つづき

ある土地から石油を掘る権利をオークションで売る。
その土地に住んでる企業は、ほかの企業より石油がでる確率をよく知っているとする。
「知らない企業」は競り勝ったとしても、それは「知ってる企業」が低価格を付けた故だから、
そもそも土地の価値はあんまりないかもしれない。

実際、次のことが示せる。
1. 「知らない企業」の期待収益はゼロ。「知ってる企業」の期待収益は正。
2. 「知らない企業」が競り落とした土地の期待収益は、
(a) 「知ってる企業」も入札したことを条件とすると、正、
(b) 「知ってる企業」が参加しなかったことを条件とすると、負
となる。これもデータとよく合ってる。
しかも、土地の価値に関する事前の予想、という観察できない変数によらない。

#へばった。なんか「分かる説明」になってないね。ごめん。第3章はまた今度。お休みなさい。
 
174: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 21:57
タイプの話をしたいの?共有知識の話をしたいの?どっち?
どっちでもないなら、スマソ。
 
175: 俺の名無しさん  2002/07/15(Mon) 23:01
すまんかったです。タイプの話です。Specific な例を挙げます。(本文 52-55.)

土地の価値 v が [0,1] に一様分布してる。
プレーヤーU (uninformed) の純粋戦略は、なんかある価格 p をつける。
プレーヤーI (informed) の純粋戦略は、v を見てから価格 s(v) をつける。
勝った人だけが付け値を払い、土地を得る。

ここで、
U は p を [0,1/2] の一様分布に従うように混合戦略をとり、
I は s(v) = v/2 という純粋戦略をとるとする。
これは均衡になってる。それを以下説明する。面倒なので負の付け値は無視。

(s を固定して、U が p を動かし最適化)
U が勝つのは、p > v/2 のとき。
(1) 0 < p < 1/2 のとき。v < 2p なる v のとき勝てる。
つまり、2p の確率で勝て、平均価値 p の土地を得る。
期待収益は、2p * p - 2p * p = 0 で p の値によらず 0。
(2) p > 1/2 のとき。必ず勝て、平均価値 1/2 の土地を得る。
期待収益は、1 * 1/2 - p = 1/2 - p < 0 で負。
よって、p は [0,1/2] 上のどんな戦略をとっても最適。
特に [0,1/2] 上一様分布も最適。

(v を固定、p が [0,1/2] を一様分布するとして、I が s(v) を動かし最適化)
s(v) > p なる p のとき勝てる。
(1) 0 < s(v) < 1/2 のとき。2s(v) の確率で勝てるので、
v を条件とする条件付収益 v * 2s(v) - s(v) * 2s(v) を得る。
これは s(v) に関して2次関数で、最大となるのは、s(v) = v/2 のとき。
(2) s(v) > 1/2 のとき。(1) ほど良くならないのは簡単に分かる。
よって、各 v に対して s(v) = v/2 が最適。

ほんとは、173 の 1 を示すぐらいなら、v も一様分布しなくていいし、
I が v の値を完全に知ってなくても、I のタイプが U のタイプの十分統計量ならいいはず。
(173 の 2 はよく知らないです。)
 
176: 俺の名無しさん  2002/07/17(Wed) 23:50
第3章 パラダイムを弱める
カルノーの話が出たけど、関連不明。

産業組織論らしく、市場の集中度(1/企業数とか、上位数社のシェアとか)と、
広告費、研究開発の程度、規模の経済の強さなどの間には、規則的な関係がある。

モデル:
2段階ゲームを考える。まず、各社、参入するかどうかを同時に決め、
次に数量競争をする。市場全体の需要 S * Q(p) として、
S -> ∞ のとき、参入企業数 N -> ∞ となる。

問題点:
2段階目のゲームが数量競争かどうかよく分からない。
1段階目の参入の仕方も同様。
結局、いろんな状態が reasonable なモデルの均衡としてありうる。

#興味持ってる人少ないだろうから、sageときます。
 
177: 俺の名無しさん  2002/07/18(Thu) 00:14
第3章 続き

でも、モデルや均衡を特定しなくても、次のようなことは言える。
1. 参入した企業の利潤はゼロ以上。(viability)
2. 追加に参入しようとしてもゼロ以下の利潤しか得られない。(stability)

Viability 条件から、1/N の下限が分かる。
また、S -> ∞ としたとき、その下限が 0 に収束するケース(同質財産業)と
収束しないケース(広告傾斜的産業?)があることも分かる。

#後者がなぜそうなるかは、短く説明できない。スマソ。
#Stability 条件といくらかの仮定を使って計算すれば分かるそうな。

実証しようとする場合も、
具体的なゲームの細かな形状によってグループ分けするのじゃなく、
1/N の下限に注目する。

実証の仕方:
A/S (A: 広告費)の大小で産業を2グループに分ける。
横軸 ln(S/e) (e: 参入コスト)、
縦軸 tilde{C}4 = ln(C4/(1-C4)) (C4: 上位4社のシェア)
として、プロットすると、「直線な」関係はないけど、
すべての点を下から押さえる(=下限の)曲線が描ける。
この曲線の性質が、A/S の大小で変わってくることが分かる。

#Standard paradigm に取って代わるもの、っていうんで期待したけど、
#モデルを一意に特定しない代わりに、均衡も一意に調べず、
#均衡の下限だけ調べるってことらしい。
 
178: キスケ  2002/07/18(Thu) 18:38
>>177
Suttonが1991年前後に書いた本では、その様なことを延々実証分析していたと
思います。あやふやな知識でスマソ。(新刊、まだ読んでません)
 
179: ドラエモン  2002/07/19(Fri) 13:45
ふーん。こういう研究ってあったんだねぇ。経済物理なんかとは違うけど、確かに頑丈な
結果を導けるということを明示的に研究課題にしている人っているんだねぇ。これって
やっぱり産業組織論なんでしょうねぇ。知らないことは実に多いと痛感する・・・

日本でこんなことしてる人っているんですか>キスケさん>七氏さん
 
180: すりらんか  2002/07/19(Fri) 16:29
連載楽しみに読んでます.Suttonの研究は拘るところがふつうと違う
(orと私には思えた)んで,専門から遠い事もあり正直興味を覚えま
せんでした.注文したんで届いたら(短い本みたいだし)質問させて
もらいます.
 
181: 俺の名無しさん  2002/07/19(Fri) 16:40
>>179
ドラエモンはNIOをよく知らないの?最近の流れは、80年代は理論先行だったけど、Rand Journal of Economicsあたりではもっぱらミクロ計量つかった実証に向かって
いるよ。ザモデル氏の話を半分くらい理解していなかったのがばれるから、そういう
ことは黙っておいた方が良い(かれがなんでミクロ計量に言及していたのかとか。)
ゲーム理論とそれを使った経済学が真面目にやっていることくらいは知っとけと小一
時間以下略。
ゴキブリマクロだけだよ、Stylized fact探して(というか今起こっているだけのことかもみたいな現象の表面なぞって)終い、あとはケインズの教えに従って解釈。
あ、また叩いてしまった。あと藁ってのやめれよ。品位が無い。
 
182: 俺の名無しさん  2002/07/19(Fri) 16:46
>>181
馬鹿。改宗したのにまたもとに戻るだろ。それにビリーバー的ケインジアンの方が
現実社会に影響力があるという点を見逃している。
 
183: すりらんか  2002/07/19(Fri) 16:49
知らないことを知らないといって怒られるとは馬鹿馬鹿しい限りだ.
 
184: ドラエモン  2002/07/19(Fri) 16:55
>>181

別に虚勢を張って、自分を偉く見せるためにここで議論してるわけじゃないから、「ばれる」
のはいっこうに構わないんです。というか、昔から書いてるけど、勉強しようと思って
ここでゴチャゴチャやってるんですから。大学にいるわけじゃないのでジャーナルもなか
なか手に入らないし、なんと言ってもあなたが言うように90年代以降の研究の進展につい
ては、実用(といっても君等からみればゴマカシの言い換えだろうけど)のマクロモデル
の関係のことしかフォローしてないからなぁ。

でも、ここで連載しているSUTTONの研究のアプローチって、普通じゃあないでしょう?
というか、その方法論的な意味でだけど。それともミクロ計量経済学って、いまやみんな
こういうノンパラメトリックというか、なんというかの方向に向かってるの?
 
185: 俺の名無しさん  2002/07/19(Fri) 16:55
>>183
行動をおこさせる程の強い確信を、いったん信じて乗り越えるのはそれなりに大変なんだ。
永遠の傍観者ばかりで世の中が成り立っている訳ではない。馬鹿馬鹿しいんじゃなくて、馬鹿がいるんだ。
 
186: 俺の名無しさん  2002/07/19(Fri) 17:01
>>182
すまん、でも馬鹿とは言っていないにょ。
>>183
大学の先生は、知らないことを指摘されると、怒られたとか馬鹿にされた
と思うのですか?漏れは、言わない方が良いよと言っただけです。

ゴキブリ云々は、すぐに自虐的にそういうことを言うのはドラエモンだよ。
確かに最後の2行くらいは余分かもしれんが、ドラエモンはザモデル派発言に
触れるときに 藁を多用する傾向があるように思えて、むかついていたのは
事実だよ。今週に入って減ったけどさ。

とりあえず、>>181を読んで馬鹿にしていると思った人は、相当神経過敏でないかい?
 
187: 俺の名無しさん  2002/07/19(Fri) 17:05
なんかいい奴なり
 
188: ドラエモン  2002/07/19(Fri) 17:08
>>181

ついでに言わせてもらうが、

>ゴキブリマクロだけだよ、Stylized fact探して・・・

とおっしゃるが、それすらも日本の経済学者はきちんとやってはいないのではないのか?
やっていても、僕の同業者のレベルへの啓蒙活動はやってないのは間違いない。だって、
業界じゃあマシなほうの僕が全然しらないのだから間違いない。経済学の発展を社会的に
有効なものにしたいなら、最終的には「ど素人」を説得しなければならないわけで、その
前に、まずは「怪しい街の自称エコノミスト」位は教育してくれよ。
 
189: 俺の名無しさん  2002/07/19(Fri) 17:08
>>186
あなたが鈍いだけかと。

>藁を多用する傾向があるように思えて、むかついていたのは
>事実だよ。

こちらの方が神経過敏に思える。
ザモデルが不快だと指摘するなら分かるけど。
 
190: 俺の名無しさん  2002/07/19(Fri) 17:15
>>184

御大が出てきた。言っておくけど馬鹿にしているわけではないよ。
そう思ったらすまん。

モデルから出てきた式をつかって、実証しようってのは多いよ。
オークションとかさ。データ山ほどあるじゃん。

漏れは専門家ではないから、なにが最先端かわかんない。ミクロ計量は、
ノンパラの検定とかいう意味ではなくてプロビットとかロジットっていうか
最尤推定という意味で使った。
Suttonとかそういうのやっているのか知らないけど。http://econ.lse.ac.uk/staff/jsutton/ でもいって調べてくれ。
 
191: 俺の名無しさん  2002/07/19(Fri) 17:16
>>189
だから、今まで別に指摘してなかったじゃん。
なんか揚げ足とりでうざいよ。
 
192: ドラエモン  2002/07/19(Fri) 17:21
>>190

馬鹿にしたとかしないとかはどうでもいいんだけど、僕が書いた「びっくり」というのは
プロビットとかロジットの話ではないよ。それならEVIEWSあれば大体できちゃうし(笑

ここで出てきたSuttonという人の分析って、今までの経済学の方法とはぜんぜん
違うでしょう?需要関数や供給関数を最適化から導いて、それを推定するのが普通の計量
だけど、ここでの方法はその手のモデルのスペシフィケーションからさえある意味で独立
してるように思う。こういうのは、スレ主題の黒木氏の問題意識に通じる部分があるので
大変興味を惹かれるんだが・・・
 
193: 俺の名無しさん  2002/07/19(Fri) 17:25
>>188
あんまりよくわからないというか、普通の経済学知らないから、
普通に研究できないのは当然じゃないの?知らないことはできないっしょ。
それこそ、そのうちよくなるよ。という類の話なのでわ。

それに、経済学が社会科学の女王で工学のように社会をより良くする
とか考えているのは、やっぱりドラエモンが古い世代だからだよ。
ケインズじゃないけど、歯医者さんだよ。ほんとは。
方法論について哲学的に考察するのは疲れるからやだよ。
 
194: ドラエモン  2002/07/19(Fri) 17:33
>>193

それは全然僕の認識と違う。経済学が歯医者であるというのは、それこそゴキブリ&パッ
チワーク系の発想でしょう?しかも、僕が主張してるのは「社会をより良くする」以前に
めちゃくちゃにならないようにマクロ政策を使いましょうということであって、繊細な
モデルでFirst Bestを狙いましょうなんて類のことではないよ。ものすごくアバウトな
ことをできれば上出来だと思っている。だから、理論的にはバッチイつまりミクロと完全
な整合性は取れていなくても、実用上役に立つと思っているケインズ型のマクロモデルを
擁護しているわけだから。
 
195: ドラエモン  2002/07/19(Fri) 17:38
それから、ゴキブリというのは自虐的に使ってるわけではないよ。山崎元という人が、
クルッグマンの尻馬に乗って、マクロ経済学などと称して無意味な概念をこねくり回し
リフレ政策を主張するやつ等は「口を利くゴキブリ」だという断定をしたので、それなら
僕はまさにそのとおりの人間なんで「ゴキブリ派」を自称しているだけだよ。
 
196: 俺の名無しさん  2002/07/19(Fri) 17:46
>>192
というか、需要や供給をナッシュ均衡とかで考えている世界だと、
とりあえず最適化なんだけど、それプラスお互いBestResponseになっている
ということで。
だからオークションとかの実証研究だと一階条件の式を使うことあるよ。

モデルのスペシフェーケーションから独立ってのはわかんない。
モデルというものがさしているもの自体が、すこし違うような
気がする。実証のやり方自体、けっこう粗いというのはあると
思うよ。モデルからどんな回帰式を持ってくるのかということは
けっこうその人のテクに依存するような。

普通の計量というのも、なんか食い違っているような気がする。
費用関数の推定とかマクロの話をしているの?マクロしらん。
やっぱり何にも書かなければよかった。それが最適反応だ。
 
197: 俺の名無しさん  2002/07/19(Fri) 17:53
>>194-195
そこらへんよく知らないから。それならそれでいいよ。
でもミクロもアローデブルータイプのすべてを包括する大理論から離陸しているよ
うな感があるから、いまんとこゲーム使ったミクロでは個別の市場でこうすれば良
いみたいなことしか言えないんではないかな。(オークションとか)
そういう意味でザモデル氏の登場以降の彼の発言は、漏れにはしっくりきた。
それはケインズの馬鹿にする歯医者さんかなと思って、そう書いた。違ってたら
訂正して。くろき氏は何が言いたいのかよくわからん。彼はフィリップスカーブとか
すごく愛していそうだなんだけど。
 
198: ドラエモン  2002/07/20(Sat) 02:50
>>197

おい、このスレで解説されているSuttonの話を読んで書いてる???これって、君の言う
ミクロ計量とか、ゲームとか、完全にぶっ飛ばしてるトンでもなく頑健なアプローチだと
いう話しをしてるんだが、全然認識してないんじゃない???

さっき灯台の知り合いに聞いてみたけど、数年前にSuttonが来てセミナーやったときは
コメントしたゲーム論の大家も、あまりのアプローチの違いに絶句してたとかしてなかったとか
いう話しだぜ。ザモデルの射程を全然超えてるのだけど、それを理解してからケチ付けてね。
 
199: くろき げん  2002/07/20(Sat) 03:56
なるほど! >>146@>>162さんが「このスレとモーレツに関連のある本みたいですね」とおっしゃる通りのようですね。

近場の図書館を検索してみたが発見できなかったので残念。読みたいと思ったそのときに読むのが最も効率が良いのに……。

実は説明の仕方が非常にまずかったかなあと思っていたのですが、ぴったりの本が紹介されているのを見て、話が通じていることがわかって安心しました。

ところで、文脈を読めずに、くだらないことをしつこく言い続けている方がいるようですが、ザモデル氏が登場時にどのように無責任な「総合プラン」とやらを述べたかを忘れちゃいかんでしょ。
cf. http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0290&rs=149&re=197&fi=no
この政策提案のレベルとザモデルへのこだわりの強さのギャップはちょっとすごいと思う。ザモデル氏もザモデルに関する話題に関しては非常に面白い人だと思うので、あの政策提案さえ無ければ安心して楽しく話を聴けたのになと思っています。

このスレッドは数学的モデルに関わる話をする場所なので、この話題をここで続けることはこれで終了にして別の場所でやって欲しいと思います。
 
200: くろき げん  2002/07/20(Sat) 04:05
John Sutton, "Marshall's Tendencies: What Can Economists Know?" をすぐに読めそうもないので、色々検索してみました。以下は見付けたもののリスト:

http://www.eh.net/bookreviews/library/0465.shtml
Bruce Larson による書評

http://www.sbe.co.uk/journal/recent/book_reviews_32_2.htm#marshall
Saxon Brettell による書評

http://www.cpb.nl/eng/general/org/homepages/mfvd/thesis.pdf
M.F. van Dijk, "Technological Change and the Dynamics of Industries"
 
201: くろき げん  2002/07/20(Sat) 04:30
Sutton の本には Carnot の名が登場しているようですね。 Carnot の話はそれ自身非常に面白いので興味を持ってくれる人が増えると嬉しいのでちょっとだけ紹介。

サヂ・カルノー (1796-1832) はコレラが原因で36才で亡くなったフランンスの天才的な科学者です。

当時はまだ「熱」というマクロの現象をどのような設定でとらえるべきなのかよくわかってなかったんですね。若きカルノーはパリの科学エリート集団から離れ、ほとんど独学で、「熱力学」の正しい土台を見付けてしまったのだ。

しかし、カルノーの仕事は同時代の科学者や技術者たちには全然理解してもらえなかったんですね。結局、カルノーの死後十数年後、まだ21才でイギリスからフランスへ留学中のトムソン (後のケルビン卿) がカルノーを発見し、やっと自分の理解者を得ることになる。

この辺の話は、山本義隆著『熱学思想の史的展開――熱とエントロピー』現代数学社 (2000年に第3刷が出ている) に詳しく書いてあります。この本を読んで、カルノーのファンにならずに終わることは難しい。
 
202: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 08:07
>>199
無責任な発言って、どこが無責任なの?
インタゲもリフレもやるって言ってるんだから、別に文句ないんじゃないの
 
203: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 08:11
>>197
確かにくろき氏は、フィリップス曲線がなぜダメなのか、分かっていないと思われ
 
204: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 08:13
くろき氏の無責任な発言は今に始まったことではない。
気にせず放置するのが吉。

 
205: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 08:34
学者の独善ってのは恐ろしいということだな。
 
206: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 10:34
>>199くろき氏
誹謗中傷されているので抗議しておく。
公共の掲示板で個人を中傷することは許されていない。
 
207: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 12:18
名無しが「個人」のはずもなく↑
 
208: ポチ  2002/07/20(Sat) 13:30
>>206

許されていないという意味が不明ですが
法的に許されていないという意味であるなら

匿名の個人への攻撃は名誉毀損等の問題には
ならないということだけ確認しておきます。
 
209: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 13:41
>>207-208
真剣にレスしてもらって恐れ入るが、私が知っている「ネット掲示板のエチケット」
では、誹謗中傷はマナーに反する行為であると思っていた。
特に苺チャンネルは、そういう場所ではないというふうに聞いている。
 
210: ポチ  2002/07/20(Sat) 13:47
>>199は誹謗中傷として非難を受けるほどのレベルでもないですね。
ここまで禁止したら言論統制ですよ(笑)
 
211: ポチ  2002/07/20(Sat) 13:52
それよか私の>>105の質問は無視かなー。
黒木さんは新古典派総合ケインジアンやインフレターゲットを
擁護する発言が多いけど
ちゃんと本質的な部分まで考察しているのか?疑問に思っていたんだ。
 
212: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 13:55
>>210
ドラエモンに一行レスで批判する奴と
同じじゃないの?
根拠も述べずに、一行レス的に「無責任」と言うあたりは。
名無しのゲリラ的銅鑼批判も
コテハンのザモデル批判も止めて欲しいね。
どう見ても最近の苺は荒れすぎだろ。
 
213: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 13:56
>>210
私はつくづくその手の相手を「批難」するような議論(朝まで生テレビ方式と言ってもよい)が、性に合わないらしい。そんなことになんの意味があるのか分からない。
それより内容についての議論をしたいので、私自身は相手を特定した「誹謗中傷」
の類はしないことにしている。
が、どうやら、それは常識ではないらしい。
 
214: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 14:02
>>212
私は、意味のない罵りあいで時間を無駄にせず、意味のある意見交換をしたいと思う。

>>210
因みに「無責任」というのは、「人格攻撃」なので、英語圏では相当の問題になる。
attacking personalityというのは、ネット上に限らず、基本的に「許されていない」。
ディベート等の基本ルールとして、多分、junior highくらいで習うのではないか。
 
215: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 14:21
「誹謗中傷」という言い方はよくなかったか。
「『人格攻撃』は許されていない」に訂正しておく。

You are attacking his/her personalityと、誰かに指摘されたら、
その人は退場か謝罪することになるのがglobal standard。
「言論統制」にはならない。
あくまでglobal standard(=ザモデル?)は否定するというのなら、仕方ないがw。
 
216: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 15:11
>>209

>特に苺チャンネルは、そういう場所ではないというふうに聞いている。

これは興味深い指摘だ。>>212ではないが、かつて「そういう場所ではなかった」ここが、そう
なった理由を考えてみるのも一興であろう。
 
217: ポチ  2002/07/20(Sat) 15:29
いや、私には人格批判とまで言える投稿にも見えないが
単に、ザ・モデル氏の辛口の批評をしたくらいでしょう。
苺にはひどい人格批判はたくさんありますよ。
私もトンデモだのなんだの言われたしね(笑)
 
218: ポチ  2002/07/20(Sat) 15:33
それよか、黒木さんは、ケインズ経済学のミクロ的基礎について
明確な解答を行っていない。
パッチワークを肯定する発言はあったが、
別の方も指摘していたが、それはなにもケインズ経済学が
新古典派的なミクロ基礎を持つことを肯定するものではない。
 
219: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 15:36
>>218

黒木氏はザ・モデル派からの攻撃は予想していたが
PK派からの攻撃は予想外で、解答を用意していない
のだろう。
 
220: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 16:39
>>219
黒木氏はまだ経済学の教科書を読み始めてから一年ぐらいのペーペーだから
知識不足は仕方なかろう。

彼の煽りにはまともに相手にする必要がないと思われ。
 
221: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 17:06
匿名が固定ハンドルに対して、誹謗中傷だと攻撃しているが、ギャグか?
ザモデルとは議論されるべき論証ではなくて、王様のような人格なのか?
 
222: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 17:23
ザモデルとは、いわゆる新しいマクロ経済学の正当性を誇示するために組織された一群の人々が自らを指すことになった名称だろう(笑
だから時々細かいことで矛盾してみたり、口調が大きく変わったり、書き方も変わる。ただ共通するのは「オールドケインジアン殲滅」の合言葉くらいか?
 
223: ドラエモン  2002/07/20(Sat) 17:26
>>220

それはそうだが、彼の提出した「ユニヴァーサリティー」を具体的に追究する経済学者がいる
らしいということはSuttonの研究で分かったわけだし、そのような研究のプログラムがこれま
で、経済学プロパーでは自覚的に認識されてこなかったことも事実だと思うけどね。
 
224: こういっちゃなんだが  2002/07/20(Sat) 18:21
黒木さんがここのスレッドで提起している問題意識にかかわることを,
黒木氏が支持している日本人経済学者のほとんどが,
まったく,いちども,かすりとも考えたことないはずなのがおもしろいな.
 
225: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 18:25
211>ちゃんと本質的な部分まで考察ポチがそんな偉い人だとは知らんかった。

ところで>>105は意味不明なんだが?
それに、このスレッドと何の関係がある???(>>218も)
ちゃんと過去ログを読めよ>ポチ

Suttonを入手した人のコメント、または、事情通の情報提供を希望。
 
226: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 18:26
211>ちゃんと本質的な部分まで考察
ポチがそんな偉い人だとは知らんかった。

ところで>>105は意味不明なんだが?
それに、このスレッドと何の関係がある???(>>218も)
ちゃんと過去ログを読めよ>ポチ

Suttonを入手した人のコメント、または、事情通の情報提供を希望。
 
227: ポチ  2002/07/20(Sat) 18:38
>>226

このスレッドの中でパッチワークやミクロ的基礎が
話題になっていたんです。
黒木さんも議論に加わっています。
 
228: ドラエモン  2002/07/20(Sat) 18:45
>>224

>黒木氏が支持している日本人経済学者のほとんどが,
>まったく,いちども,かすりとも考えたことないはずなのがおもしろいな.

変な書き方だね。黒木氏の支持する経済学者以外なら、こういうアプローチは普通なわけ?
伝統的な経済学にはほとんどなかったアプローチでしょう?違う?
 
229: すりらんか  2002/07/20(Sat) 19:08
個人攻撃はやめましょ.>>213-215も(ザモデル氏?違ったらごめんですが)なん
でそんなに感情的になるかわからん…オマエモナー(もちろんオレモナーでもある
のだろう)な気がしますよ(PKすれのはじめの頃とか読み返すとひどいでしょ).
せっかくSuttonネタとぽち氏ネタがあがってるんだからこれらに話題もどそーよ.
 
230: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 19:31
ていうか、なぜくろき氏はザモデル氏を目の敵にするのだろうか?
 
231: こういっちゃなんだが  2002/07/20(Sat) 19:41
>>228

まず、黒木氏の支持する岩田氏や野口氏は
学術的な仕事をメインにしている人ではないので、
学問の方法論に関する問題を真摯に考えたことはありえない、
ということです。こういう問題は、一定数以上の学術的論文を書いて
自分の体験としてその有効性と限界を実体験することではじめて、
自らの問題として真剣に考えることができるものだと思います。

あと、ドラエモンさんのいうSuttonのアプローチというのは、
頑健な結論を出そうとするアプローチということでしょうか?
だとしたらこれもとくに新しいという印象はもちません。
応用ミクロの良心的な論文であれば、モデルの予測の頑健性についての
吟味を必ずやります。Suttonの本は読んでませんが、
ここのスレで紹介されている程度の頑健性を求める姿勢は
ごく普通のものに思えます。
一方、Suttonがそこにフォーカスをあて、
経済学における数学モデルの意味について吟味している、
ということは、大変に意義のあることだと思います。
 
232: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 19:48
まあ、なんにせよ、ドラエモンに新たなショックが与えられたようなので、
苺の均衡が動く可能性があるわけですね。

 
233: こういっちゃなんだが  2002/07/20(Sat) 19:48
あと、この手のことをまじめに考えたことのある日本人マクロ学者って
黒木氏の支持しない斉藤誠さんしか思いつかないのですが
どなたかこの人は、という人がいれば教えていただければ
その方の論文(ぜんぜん関係ない学術論文でも、かきぶりに、その人の
姿勢というのは現れてくるものです)を読んでみたいのでよろしくお願いします。
 
234: ドラエモン  2002/07/20(Sat) 20:16
>>231

>あと、ドラエモンさんのいうSuttonのアプローチというのは、
>頑健な結論を出そうとするアプローチということでしょうか?
>だとしたらこれもとくに新しいという印象はもちません。

あのさ、ホントにここのスレで書かれているSuttonのアプローチが、「ごく普通」だなん
て言えると思う?だったら、似たようなタイプの研究を挙げてみてよ。ロジットとかプロビット
とか言ってた人がいるけど、そんなの全然次元の違う話だよ。
 
235: こういっちゃなんだが  2002/07/20(Sat) 20:54
Suttonのアプローチがごく普通だ、とはまったく言っていません。
頑健性を求めようとする姿勢は、多くの人がもっている、と言っているのです。
たとえば具体的に数式で書けるようなモデルで議論したあと、理論の結論のうち
実はある部分は数式の特定化にはよらない、といった吟味をするのは普通です。
そうした議論の組み立て方と,最初から頑健なモデルから頑健な結論を出すのと、
もちろんアプローチは違いますが、頑健な結論を求めるという姿勢自体に
大きな差はないと思います。
 
236: ドラエモン  2002/07/20(Sat) 21:20
>>235

まだ話が噛み合ってないように思うけど、その点は置いといていいや。

で、君の結論としては、岩田や野口の議論は頑健じゃなくて、齋藤のはそうだというわけね。
 
237: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 21:44
>>213
http://money.2ch.net/test/read.cgi/eco/1027137912/l50
銅鑼はここまでヤラレて耐えてるんだから、あんたもある程度は耐えれば?(激藁
個人的には、名無しの銅鑼批判も、dell一派のザモデル批判も嫌。
 
238: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 22:25
>>237
別に耐えなくてもいいんじゃないの(藁?

 
239: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 22:27
>>236
なんかそういう次元の問題なのか?
 
240: ドラエモン  2002/07/20(Sat) 23:04
>>239

だって、>>231

>まず、黒木氏の支持する岩田氏や野口氏は学術的な仕事をメインにしている人ではないので、
>学問の方法論に関する問題を真摯に考えたことはありえない、

そして、>>233では

>この手のことをまじめに考えたことのある日本人マクロ学者って黒木氏の支持しない斉藤誠さんしか思いつかない

って言ってますよ。でもね、私から見ると、岩田氏や野口氏は、ソフィスッティケイトされては
いないが、なんかこう頑丈な鉈みたいなので問題にアプローチしているように見えて、逆に齋藤
氏のほうが、そんな野蛮な武器は相応しくないと主張しているように見えるけど。でもまあ、逆
の見方もあるんでしょうね。で、黒木氏が重視し、私がインスパイアされた「ユニヴァーサリティ」
という概念に近いのがどっちかというのが本来の論点。
 
241: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 23:24
239だけど、そういう意味じゃなくて、また巧妙にすり替えているだろっ
ていう意味ね。日本語は正しいと思うよ。

 
242: ドラエモン  2002/07/20(Sat) 23:28
>>239

君さ、いつも僕に対して「問題のすり替え」とかいう批判してる人でしょう?これ、僕の頭が
悪いんで自覚症状が無いだけかも知れないが、どういうすり替えがあるというのか説明してく
れないかな。それに最後の「日本語は正しいと思うよ」っつーのは何?字面は正しいが、本来の
意味を誤魔化して議論をねじ曲げていると言いたいわけ?

だとすると、本来の話は、

>黒木氏が重視し、私がインスパイアされた「ユニヴァーサリティ」という概念に近いのがどっちかというのが本来の論点

ではなくて、どういうことだというの?
 
243: 俺の名無しさん  2002/07/20(Sat) 23:29
>>241

どこがすり替えてるのか説明きぼーん
それともお前は
http://money.2ch.net/test/read.cgi/eco/1027137912/l50
のスレを立てた奴か?
 
244: 俺の名無しさん  2002/07/21(Sun) 10:00
>この手のことをまじめに考えたことのある...斉藤誠
文献を挙げてみろ。まさか「今を生き」の補論じゃないだろうな?
 
245: 俺の名無しさん  2002/07/21(Sun) 10:08
>>227
ちゃんと解説しろ。ポチ
おまえの妄想なんか、どうして他人に分かる?
 
246: 俺の名無しさん  2002/07/21(Sun) 11:56
件の「名無しさん」です。あと、第4章、Testing が残ってますが、
一身上の都合でコメントはパスさせてください。

ごくごく荒くいうと、Sutton は次のことを言っています。
1. モデルを頑健に作ろう!
2. それをもとにうまく実証しよう!

僕の要約は 1 は(オークション、オプション、産業組織論の例を使って)
うまく説明したつもりです。
前 2 例はもう少し説明を追加できますが、
最後の例は Sutton オリジナルで、僕はチト暗いです。

2 は、きっとほとんど確実に僕は誤解してます。各自原典にあたってほしいです。
(僕と同じ大学の人は、僕を探してね。)

あと、
3. 複数のモデルが立てられるときは、どれがいいんだろう?
みたいな話も延々してるけど、無視しちゃってる。

それと、
0. 今までの頑健じゃないモデルは実証しにくいヨ。
という議論も省略してます。
 
247: 俺の名無しさん  2002/07/21(Sun) 12:26
カルノーについて:
Carnotは 1828 年に、古典熱力学の基礎となる本を出版した。
当時、Watts やら Trevithick やら Woolf やらによるいろんなエンジンがあった。

Guyonneau de Pambours って人は 1835, 1839 年に、特定のエンジンについて、
パラメータをいろいろ代入して熱効率を計算した。

でも、Carnot は違った。エンジンの数学的なモデルを作り、その熱効率の上限を調べた。
#これを Sutton 自身の産業組織論の例の前振りに使ってるけど、ちと我田引水な気もする。

ついでに、アペンディックスに載ってたちょっとした話:
当時「熱」の正体は、「熱素」といわれる原子みたいなもの(粒?)だと思われてた。
「熱素説」という。しかも「熱素保存の法則」も信じられてた。
(それがウソなのは、みなさんご存知の通り。「熱=エネルギー(の一形態)」ね。)
カルノーの熱力学も熱素説(間違ったミクロ理論)に依拠してたんだって。

ただ、彼の死後も残ったノート(コレラで死んだため、ノートの多くは燃やされた)によると、
「熱素保存の法則」が破れたときについても考えていたという。
 
248: 俺の名無しさん  2002/07/21(Sun) 12:32
>>198
Sutton は今年も5月7日に東大に来てます。モデルのない論文ですけど。
http://www.e.u-tokyo.ac.jp/cirje/research/workshops/micro/micro.html
Rich Trades, Scare Capabilities: Industrial Development Rivisited
 
249: 俺の名無しさん  2002/07/21(Sun) 12:57
「こういっちゃなんだが」さんへ。

まあ、モデルの頑健性のチェックというのは、みんなしてる話かもしれない。
でも、程度問題だったとしても、やっぱり Sutton の出した例は突出している。

「需要関数、効用関数を変えても均衡の定性的な性質は変わらない」は普通の話だけど、
「効用関数などの観察できないパラメータによらず、均衡の定量的な性質が変わらない。」は異常な例だと思う。
オークションでも、付け値の戦略自体は v の事前分布に依存しちゃうから、「うまくいかない例」ともなりうる。
 
250: 俺の名無しさん  2002/07/21(Sun) 13:10
>231
野口氏は、最近は怪しいことをやっていて、新古典派マンセーなのは確かだが、
元々は、学術的な業績もきちんとあるのだが。
 
251: 俺の名無しさん  2002/07/21(Sun) 13:44
熱(=分子運動)と経済活動か。
なんかまるで違うものの様でもあり、
どこか似ているものの様でもあり…
 
252: ドラエモン  2002/07/21(Sun) 14:04
>>251

そのアナロジーそのものではなくて、マクロ現象としての熱力学と、そのミクロの構造の間の
関係を、新古典派経済学のようにストレートに結びつけるのは、決して当然とは言えないという
例が沢山あるということに過ぎないよ。別に、経済物理学の勧めをしてるわけではない。
 
253: 俺の名無しさん  2002/07/21(Sun) 16:28
>>164
いい本紹介してくれて、ありがとです。

Sutton の本についての特集号(コメントと本人のお返事):
Economics and Philosophy Volume 18 (01), April 2002

ところで、クチコミで聞けるらしい「評判」の中身って何?
 
254: くろき げん  2002/07/21(Sun) 18:53
ザモデル氏は「総合プラン」とやらについては無責任な態度を取り続けていることは確かなことだと思うので私は撤回しなければいけないことは何も言ってないことを確認しておきます。

ザモデル氏の「総合プラン」の解説は
http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0290&rs=149&re=197&fi=no)
にあります。印象的な部分を引用すると、

>実際問題としては、金融庁・日銀考査が、徹底的に検査・考査基準を
>厳しくする。いっそ、国内特別自己資本規制15%を導入してもいいw。
>その結果、銀行サイドから、是非、公的資金を入れてクレと泣きついてくることになる。
>その時こそ、RCCがバンバン不良債権を簿価で買取ってやる。
>もちろん、そういう銀行には、きつーいお灸を据えて、場合によっては廃業してもらう。

結局のところザモデル氏は「国内特別自己資本規制15%」のような発想をしちゃっているんだよね。「きつーいお灸」の過程で何が起こってしまうんですかね?

銀行に対する「きつーいお灸」の過程で何が起こると予想されるかについて、ドラエモンさんやすりらんかさんが突っ込みを入れていたのですが、いつのまにかモデルの話だけになってしまった。

おそらく、「簿価で買ってやる」ようなことを正当化するためには「きつーいお灸」が必要だ、のような単純な発想で言っているのだと思いますけどね。それじゃあ、全然駄目なんじゃないの?
 
255: くろき げん  2002/07/21(Sun) 19:12
ポチさん@>>211

インフレターゲットを擁護する発言は意識してしたことはありますが、新古典派総合ケインジアンを擁護する発言をした記憶はありません。

「バカとモデルは使いよう」という私の発言からわかるように、結局のところ私は、「バカと新古典派総合ケインジアンも使いよう」なんじゃないの、という風に考えることになるのは確かなのですが。 (これは「動学的一般均衡モデル」についても同様です。)

あと、私が色々書いたものを読んでもらえばわかるように、私は「ミクロ的基礎付けが必要か否か」という発想自体に疑問を持っていることがわかると思います。どこかで「ローカル・ルール」という言葉を使ったおぼえがある。「グローバル・スタンダード」という認識は科学的な視点からはきっと誤りでしょう。

重要なのはモデルの universality と議論の robustness の方だというのが私が繰り返し強調している論点です。

もちろん、いきなり頑健な理論を作ることはできないだろうから、中間目標として「ミクロ的基礎付け」 (より狭義には「動学的一般均衡モデルによる基礎付け」) を考えることには意味があります。机上の空論と馬鹿にされたとしても、しっかりしたモデルを作って考えることは科学の発展のためには大事なことだと思います。

ただし、そういうモデルの「使い方」には気を付けなければいけない。「使い方」については、どう話を持って行くのが良いのかよくわからないので、まだほとんど話をしてないですが。
 
256: くろき げん  2002/07/21(Sun) 19:14
齊藤誠の名が出ていたようですが、経済学の「使い方」に関する議論に深く関係している興味深い事例だと思うので少し長目に紹介します。

齊藤誠の「昨今の金融政策について」 (『エコノミックス2』2000年・春号) の「低金利がもたらすデフレ的傾向」と題された節の中で、齊藤誠曰く (以下【】内は引用者による補足)、

> こうした分析【フィッシャー方程式「名目金利=実質金利+期待インフレ率」
>を名目金利と実質金利からインフレ率を決定する方程式とみなして用いた分析】
>から示唆されることは、長期的な帰結として低金利政策は、物価水準には抑制
>的に働き、インフレ率には低下傾向をもたらすということである。名目金利が
>さらに低い水準にあれば、デフレ傾向が生じよう。

> しばしば低金利政策は、金融緩和を推し進めた形としてインフレ的な傾向を
>生み出すと理解されることが多いが、長期的にはまったく対照的にどちらかと
>いえばデフレ的な傾向をもたらすのである。もちろん、実際の産出量や物価の
>調整過程は、ここで議論していた単純な想定よりもはるかに複雑であろう。そ
>れにもかかわらず、名目金利が非常に低いことと、物価過程のデフレ傾向が長
>期的に並存する状態というのは、多くの理論モデルにみられる特徴といえる
>【原註5:たとえば、 Uhlig [1999] を参照されたい。 Uhlig, H. [1999]
>"Monetary policy in a low inflation environment," mimeo., Tilburg
>University】。

この点に関して、岩田規久男と深尾光洋による批判が同号に掲載されてますが、齊藤誠は真正面からの反論を避けているように見えます。

齊藤誠は「長期的」という言葉を濫用することによって、期待実質金利と完全雇用を達成するために必要な実質金利を混同した議論をしているように見える。 (詳しい説明については岩田の批判を参照せよ。)

つづく。
 
257: くろき げん  2002/07/21(Sun) 19:15
つづき。

上の引用を見て、齊藤誠は「デフレ脱出のために名目金利を上げるべきである」という議論を展開するのではないかと予想された方は正解です! 実際、「それではどうすべきか?」と題された節の中で、齊藤誠曰く、

>……ダム湖の容量【実質貨幣需要】が大きすぎて物価を制御することがむずか
>しいのであれば、名目金利を引き上げてダム湖の容量【実質貨幣需要】を縮小
>してしまえばよい。すなわち、日本銀行がセロ金利水準へのコミットメントを
>やめ、コール・レートをゼロ金利から一%前後に引き上げるという政策である。
>【この文は2000年・春号に掲載された。 2000年夏に日銀は実際にゼロ金利を
>解除した。】

>……中略……

> 政策実行後、金利上昇に伴う数ヶ月の混乱は回避することができないが、そ
>の間に日本銀行は、マネタリー・ベースのようなマネーサプライ指標の、現在
>から将来にわたる経路 (増加経路) に関して【原註11:正確にいうと、金利引
>上げ直後はマネタリー・ベースは減少する。ここでのマネタリー・ベースの増
>加経路とは、減少後の上昇スピードを指している】、日銀が目標を設定する必
>要がある。そうしたマネーサプライ経路に整合的なように企業や家計がインフ
>レ期待を上方に改訂すれば、混乱時の一時的な実質金利上昇を除き、中長期的
>には実質金利の上昇を回避することができよう。

景気上昇期に中央銀行が政策金利を上昇させたならば、企業や家計は「近い将来インフレ率が上昇する可能性が高いので中央銀行はそれに備えたのだ」と予想するかもしれない。

しかし、不況の真最中に金利が上昇し、企業と家計がさらに苦しくなり、それが大きなニュースになっているとき、どうして期待インフレ率が上昇するのだろうか?

つづく。
 
258: くろき げん  2002/07/21(Sun) 19:16
つづき。

以上で引用したような形で「コール・レートをゼロ金利から一%前後に引き上げるという政策」を提案をしてしまう齊藤誠は頑健な議論を目指しているようには全然見えません。

齊藤誠は、中央銀行がマネタリー・ベースを減らして金利を上げてダム湖の容量 (=実質貨幣需要) を縮小することから始めても勝ち目がある、と本気で思っているのだろうか?

おそらく、齊藤誠の頭の中には様々なマクロ経済モデルがあるのでしょう。しかし、フィッシャー方程式でさえまともに扱えてないところを見ると、様々なマクロ経済モデルを正しく利用できているかどうかも疑わしいのではないか? 「長期的には」という言葉を濫用しているのではないか? マクロ経済学の分野で学術的な業績があるか否かと経済政策についてまともな発言ができるか否かは必ずしも関係がないのではないか?

齊藤誠のようなタイプの経済学者の提案のせいで、知らぬまに生活に大きな影響を受ける可能性のある我々は、このような疑問を持つように常に心掛けるべきだと思います。そのために役に立つ道具は結局のところ経済学なのだから、経済学の啓蒙は社会的に非常に大事なことだと思う。

そういう観点から見ると『エコノミックス』は貴重なメディアですよね。こうして、経済学についても、経済についても単なる一般人のぼくのような人も、それを読んで批判の機会を持つことができる。

以上。
 
259: くろき げん  2002/07/21(Sun) 19:31
ちと雑談。

私がリフレ派にしっかりなってしまった理由の一つは、私なりの基準で不快なことを言いまくる人が結構目立っている経済学者の中で、岩田規久男はそうではないように見えたことが大きいです。 (あと、ドラエモンさんも。)

たとえば、「日銀は何を買うべきか」についてリフレ派の中には「株や土地も買え」という人がいるようですが、私にとってそれは不快な提案なんですね。中長期国債は良い。その次にましな選択だと思うのは外債だと思う。

RCCに不良債権を集中させるために通貨発行益をRCCに投入するという案も不快。そういうやり方が果たして本当に構造改革になるのか? 政府に適切な不良債権処理ができるというのは本当なのか?

「なにはともあれゼロ金利を解除すべきだ」のような提案至っては理解不能。

こうやって、ずうずうしく、“過激”な発言を続けさせてもらってますが、実は結構びびりながらやってます。名無しの安全圈からあんまし攻撃しないでね。
 
260: くろき げん  2002/07/21(Sun) 19:33
>>253

私も、いい本紹介してくれて本当にありがとう、と言いたいです。
以下は Economics and Philosophy の当該号の目次です。

Economics and Philosophy, Vol.18, Issue 01, April 2002

Symposium on Marshall's Tendencies: introduction (pp 1-3)
Marc Fleurbaey

Symposium on Marshall's Tendencies: 1 How models help economists to know (pp 5-16)
Mary S. Morgan

Symposium on Marshall's Tendencies: 2 Well-grounded theory, and aggregation (pp 17-20)
Franklin M. Fisher

Review Article

Symposium on Marshall's Tendencies: 3 Sutton on Marshall's Tendencies: A Comment (pp 21-27)
Carl F. Christ

Symposium on Marshall's Tendencies: 4 Comments on Marshall's Tendencies (pp 29-44)
Eric Renault

Research Article

Symposium on Marshall's Tendencies: 5 Sutton's critique of econometrics (pp 45-54)
Kevin D. Hoover

Symposium on Marshall's Tendencies: 6 Marshall's Tendencies: A Reply (pp 55-62)
John Sutton

Beyond sympathy and empathy: Adam Smith's concept of fellow-feeling (pp 63-87)
Robert Sugden

Aggregating Sets of Judgments: An Impossibility Result (pp 89-110)
Christian List, Philip Pettit

The ethics of incentives: historical origins and contemporary understandings (pp 111-139)
Ruth W. Grant

Rationality, comparability and maximization (pp 141-156)
Mozaffar Qizilbash

Ulysses rebound (pp 157-182)
Scott J. Shapiro

REVIEWS

Prelude to Political Economy, Kaushik Basu. (pp 183-204)
Cambridge University Press, 2000, xv + 288 pages.
Tyler Cowen

Trust: A Sociological Theory, Piotr Sztompka. (pp 183-204)
Cambridge University Press, 1999, xii + 214pages.
Russell Hardin

Equality, Responsibility, and the Law, Arthur Ripstein. (pp 183-204)
Cambridge University Press, 1999, xii + 306 pages.
John Christman

Law and Market Economy: Reinterpreting the Values of Law and Economics, Robin Paul Malloy. (pp 183-204)
Cambridge University Press,
2000, x + 179 pages.
Eric A. Posner

Addendum

Contributors (pp 205-207)
 
261: 俺の名無しさん  2002/07/21(Sun) 21:24
おかしな人だ、としかいいようがない。
 
262: 俺の名無しさん  2002/07/21(Sun) 21:31
彼は風物詩なので批判しても詮無きことだ。
 
263:   2002/07/21(Sun) 21:32
そうか?今までの経緯とかは別として上の話は結構説得された。
 
264: 歌舞音曲  2002/07/21(Sun) 21:49
彼の批判派がザモデル氏以外が、共通して「名無し」で「一行広告的煽り」である事実のほうがよっぽど精神病理学的に興味深い。まあ、煽りに弱いコテハンというまとえた指摘もあるけど。それよりも261、262みたいな煽りの方が年中風物詩なところがこの世界の構造的なさけなさだよねえ。まあ、これをぼやいても爺のたわごとか。いや違うか、前言撤回ぎみだけど、一日1000件以上あるなかで、名無しで煽るだけでもすばらしい自己表現かもしれない。

で、個人的要望としては、やはりザモデル氏も頑固オヤジやめて、くろき氏の政策パッケージについての疑問にちゃんと答えるべきだよ。以前の段階よりも貴君の理論的なバックボーンの初級レベルぐらいかなりみんな理解がすすんでいるんだから。サービスしてよん。
 
265: 歌舞音曲  2002/07/21(Sun) 21:50
あ、1000件以上というのはこの板へのアクセス数ね。
 
266: 俺の名無しさん  2002/07/21(Sun) 21:51
「無責任」という言葉が独り歩きする前に、上述したような根拠を
述べるべきだったのでは?

根拠なしで過激な言説を言ったらたたかれるのも仕方なかろう。
やはり根拠は大切なんだし、根拠を明らかにせず話をすすめるのは
不快だって誰か言ってたよ。

 
267: ドラエモン  2002/07/21(Sun) 21:56
>>266

それは、ザモデル(人格攻撃だと怒っているのが本人かどうかわからんが)自身、RCCへの
資金投入と不良債権証券化がザモデルから導出され、それによって不況も一発で解消するけど
根拠はお前ら無知だから説明できんと言ってたわけで、おあいこでしょう(笑 それだけ言わ
れ、けちょんけちょんに貶されてんだから、俺なんて。
 
268: 俺の名無しさん  2002/07/21(Sun) 22:08
根拠が大切だ、と何回も言っておいて自分がその根拠を出さないで
話進めるのは精神病理学的に見ていかがなものか、と思ってるんだ
けど。
こういう風に思うのは普通だと思うけど、違う?

 
269: 俺の名無しさん  2002/07/21(Sun) 22:46
>>268
漏れも思う。
でも、ユニバにきっと根拠はいらんのよ。
 
270: 俺の名無しさん  2002/07/21(Sun) 22:49
とりあえずくろき氏は風物詩ということで
 
271: PK初級  2002/07/21(Sun) 22:54
漏れは「枯れ木も山の賑わい」ということで手を打ってくれ 頼む
 
272: 俺の名無しさん  2002/07/21(Sun) 22:56
教養のないやつに何を言っても通じないのな。
 
273: 俺の名無しさん  2002/07/21(Sun) 23:20
漏れにユニバーサリティなんて教養はないからな。
なくてよかったと思ってるけど。
 
274: 俺の名無しさん  2002/07/21(Sun) 23:29
砂場レベルなら砂場から出なければ良い。
天動説レベルなら地の果てを理解することができない、必要が無い。
・・・それだけのことだろうさ。
 
275: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 00:26
砂場=経済学
ユニバーサリティ=天動説
という理解でよろしいか?
 
276: ドラエモン  2002/07/22(Mon) 00:31
なんか、Suttonの論文が出てきて、ユニバーサリティーについて具体的なイメージが
分かってきたと思うんだけど、また逆戻りさせちゃ意味ないんじゃない?>>274,>>275
 
277: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 00:42
どうでもいいけど、
天動説の限界をちゃんと理解しているなら、
「太陽は東から昇り、西に沈む」というのは
矛盾していないし応用も利く有益な知識だよ・・・
 
278: くろき げん  2002/07/22(Mon) 00:48
皆に本当に悪いと思うんだけど、大人気ない雑談をちょっとだけさせて!

さて、「ザモデル氏はリフレ派である」という方がいらっしゃるようですが、それは誤りでしょう。正しくは、

          ザモデル氏は斎藤精一郎派である!

だと思います。ザモデル氏による「総合プラン」とやらの解説を

http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0290&rs=149&re=197&fi=no

で読んだ後で、

http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0239&rs=649&re=650&fi=no
http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0290&rr=480&fi=no

を読んでみて下さい。

「お金を刷って不良債権処理する」という類の話は出ては消え出ては消えを繰り返しているんですね。最近では『中央公論』2002.7で榊原英資が「政府紙幣発行による過剰債務処理」を提案しています。

だから、この件は簡単に見過ごして良い案件ではないと思います。「いっそ、国内特別自己資本規制15%を導入してもいいw」という類のセンスで政策を実行された日はどうなってしまうか非常に不安。 (^_^;)

非常に興味深いことを発見。全ての発言をチェックしているわけではないので見逃しているかもしれませんが、いちごの経済板において、

     ザモデル氏の「総合プラン」とやらに賛意を示した人はいない

んじゃないですかね? (^_^;) (^_^;) (^_^;)

少なくとも、ザモデル氏的=斎藤精一郎的「総合プラン」をサポートするための議論を積極的に展開しようとした人は誰もいない。 (実はザモデル氏自身もしてない。)

私が使った「無責任」という言葉に非本質的な突っ込みを入れずにおれない名無しの方々がいらっしゃるようですが、ザモデル氏的=斎藤精一郎的「総合プラン」に対する賛否を明確にせずに騒いでも無意味だと思います。

こういう話はできるだけ「モデルの使い方」にからめて、「モデルの取り扱いと政策提案のあいだのギャップ」に関する議論になれば面白いと思う。以上ではちょっと茶化した言い方をしてますが、非常に重要な問題だと思います。

P.S. Sutton の本を早く注文しなければ!
 
279: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 00:59
ところで、くろきげんって人は何者なの?たんなるパンピー?
ドラエモンとくろきげんで仲良くサゲで語っておけば、このスレも
荒れないのにね。
 
280: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 01:10
図らずも、自分が属している一派と対立する見解の人物を吊るし上げようとする勘違い武闘派だと露呈してしまったね。極めて執念深いタイプの。
そりゃ、誰しも斎藤精一郎のネクタイのセンスはなんとかならないか・・・とくらいは思うけど。そういうエネルギーを他のことに使えばいいのに。
 
281: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 01:39
小谷真生子さんに言い寄ったとかいう噂の教授は斉藤精一郎さんですか?
 
282: 招き猫  2002/07/22(Mon) 01:50
なんで、そんなにくろきさんに誹謗中傷が飛ぶんだ?

俺は、ザモデルの考えが数学的にどうかは別として結論が榊原と同じだと言うことくらいは解ったぞ。

ちなみに、榊原が中央公論で参考図書に上げている「世界経済の成長史」をじっくり観察する
と、誰でもあの程度の結論は出るはずだ。俺でも経済の流れが少しは解った。
 
283: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 01:58
根拠なしで語る理由は、政策提言の結論が大事ってことね。
よほどの〇〇〇みたい。
 
284: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 02:01
>>281

付き合ってるのは、斉藤精一郎じゃない。
dellとだよ
 
285: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 02:15
てことは、dellって誰?
 
286: ごめんね  2002/07/22(Mon) 02:31
>>285
dell=ザモデル=すりらんか=銅鑼=俺
ぜーんぶ、自作自演でした。ごめんね。
 
287: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 02:44
dell・ザモデル・すりらんか・銅鑼はみんな小谷真生子おばたんと
付き合ってるんれすか?
 
288: dell  2002/07/22(Mon) 02:53
婆さんは用済み
 
289: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 03:05
小谷をババアと呼べる若さで、あの程度の初級マクロ経済学しか
知らなくてもエコノミストってできるんですね!!安心しますた。

 
290: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 03:10
>>289

初級マクロすら知らなくてもできますよ。
話術が巧みで、顔がよければね。
だから、いくら経済学ができても、
プレゼン能力のない人には、出来ませんね。
 
291: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 03:32
dellいけめん説登場
 
292: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 04:07
>>282
そりゃ仕方ないよ。結論は似ていたとしても、思考プロセスが違う人たちを
同じ派だとして、まとめてあおってたたくようなことしてるんだから。
これは科学者の態度じゃないよね。
 
293: ドラエモン  2002/07/22(Mon) 09:07
>>292

確かにそうだけど、政策論議に踏み込むと、往々にしてそういうバトルになるのは事実。

たとえば、リフレ派も色々いて、岩田氏なんかは原則的に「長期国債大量買切り」それに
場合によっては「外国債買切り」なのは黒木氏が指摘しているとおりだが、反リフレ総本
山の某中銀は「非正統的金融政策」の名称の下で、長期国債、外債から株・社債など、さ
らに土地だとかいう実物資産まで全部いっしょくたにして「非正統」振りを強調してる。

ザモデルを斎藤精一郎と一緒にするのはひどいと思うが、同じくらい岩田とヴェルナーを
一緒にするのもひどいよ(笑
 
294: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 09:14
>>293
議論のすり替えはやめれって
 
295: ドラエモン  2002/07/22(Mon) 09:20
どこが?>>294
 
296: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 09:28
これですり替えと思わないんなら仕方ないね
醜過ぎ
 
297: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 09:47
>>296

どこがすり替えなのか書けよ。
そうじゃないなら、もうレスするな。
お前が酷過ぎ
 
298: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 10:19
>>296 >>297
てゆうか銅鑼の議論って「負けない戦術」が徹底されてるだけ。相手を黙らせることはあっても
決して説得する事は無いし(説得されたがっている奴は別だが)お互いの邂逅はもたらさない。
しかし別の所では、その時は否定していたはずの意見や見方をちゃっかり利用していたりする。
くろきげんもザモデルとの論争に利用されているだけ。
 
299: ドラエモン  2002/07/22(Mon) 10:26
>>298

なんか全然オペレーショナルじゃないなぁ。それじゃ、定義によって「銅鑼には人を説得
できない」という君の意見は正しいよね。説得された人は「最初から説得されたがってい
る」わけで、決して議論で説得されたわけではないということだから。

「おれは銅鑼にはぜんぜん説得されないぞ」と宣言すれば済む話じゃない。
 
300: ドラエモン  2002/07/22(Mon) 10:34
>>298

それとねぇ、僕は散々に論戦で「負けて」ますよ。数理経済学のスレッドあたりでは
無残に撃破されたし、マクロでもぼけ老人には相当こっぴどく粉砕されている。だって
先端的なアカデミックな知識ないから、相手が体系的な知識を持ってれば一発でヤラレル
のは当然のことよ。
 
301: ドラエモン  2002/07/22(Mon) 10:41
さらに追加(須磨祖)

例外がザモデル氏。彼が僕なんかより全然高度な知識を持っているのは間違いないのだが
議論の展開の仕方が、あまりに韜晦というか、わかり難いのだよ。最初からストレートに
自らの主張を出してくれれば、恐らく僕なんか平伏して立ち去るような話なんだろうけど
そうはしないでしょう?
 
302: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 10:55
ザモデル=ぼけ老人じゃないのか?
 
303: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 11:01
「ミクロの均衡モデルを追加しても、マクロモデルで既に得られている結果とほとんど同じ」
でいいじゃん。マクロのモデルを誤読する人はミクロのモデルでも矛盾を見逃す傾向が強いが、
いつの日か、従来のマクロモデルよりも単純なミクロ込みのマクロモデルができるというのなら
もう止めようがない。
 
304: ドラエモン  2002/07/22(Mon) 11:02
>>302

違うんじゃない?もちろんわかんないけど、以前恒常所得仮説と合理的期待の組み合わせ
に関して議論していたとき、所得ストリームがマーチンゲール(サンクス>ザモデル)
の場合にはケインズ型消費関数は正当化できるという吉川さんの議論を教えてくれたのが
ぼけ老人だったから。いくらなんでも、自分の教えた話を、あそこまでボロクソに非難は
しないでしょう(笑)でも、あのザモデルの批判は大変役に立ったので有難かった。
 
305: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 11:15
追い貸し・貸し渋りのくだりは、ぼけ老人かと思った次第。
 
306: ドラエモン  2002/07/22(Mon) 11:19
>>305

確かに、その点では近いものがある。だけど、追い賀しについての議論は、相当普通に
行われているみたいだから、必ずしもぼけ老人師だけの議論ではないように思うが。

それに、彼はデータ結構好きだったよ。ザモデルみたいに理論なき計測は馬鹿の証明みた
いなことは言われたことはないけど。まあ、ネット人格だから変わるのかもしれないが。
 
307: 俺の名無しさん  2002/07/22(Mon) 12:23
>256-258
確かに、モデルと政策論が乖離しているというか、あまり関係ない
経済学者は結構いると思う。くろき氏は理系なので、そういうのは
かなり奇異に思うかも知れないが、経済学だと、一般的な現象だ。
何で、そう言うことになるかというと、大抵のモデルを使う人に
とって、モデルとは結論を引き出す道具でしかなく、その都度、
適当にモデルをいじくって、好みを結論を出すのだが、上手い
モデルがない時は、政策論としての結論だけを述べることにな
る。その点、ザモデル氏は、自らのザモデルから、何とか政策
を引き出そうと努力しているので、その意味では評価できる。
逆に言うと、斉藤誠は、その時の流行のモデルをつまみ食いす
るだけだろう。
 
308: キスケ  2002/07/22(Mon) 18:52
>>179ドラさま、遅レスすまそ。

Suttonは1980年代、Econometrica, AER, RES, QJE, JET, Economic Journal,
RAND J.などに載せまくっていた理論家です。誰も文句の付けようがない業績を
作ったので、1990年代からは本当に自分のやりたいことをやっているのではないか
と私は勝手に推測しています。(私にゃ一生無理だ...)

>>189 リンク情報感謝です。
Sutton, J., (1991), Sunk Costs and Market Structure, MIT Press
は死にそうに分厚い本です。
Sutton, J., (1998), Technology and Market Structure, MIT Press
は読んでいません。
 
309: キスケ  2002/07/22(Mon) 19:05
>>192
> ここで出てきたSuttonという人の分析って、今までの経済学の方法とはぜんぜん
> 違うでしょう?

そーなんです。>>200(くろきさん情報)の
http://www.eh.net/bookreviews/library/0465.shtml の表現を借りれば
  The bounds approach, then, provides a means for developing testable
  hypotheses beyond those provided by the comparative static methods
  of the standard paradigm.
というわけで、少なくとも1991年の本は、まさにドラエモンさんの感想
> 需要関数や供給関数を最適化から導いて、それを推定するのが普通の計量だけど、
> ここでの方法はその手のモデルのスペシフィケーションからさえある意味で独立
> してる
の通りなのです。(cf. Suttonは沢山 Newアイオー のモデルを作ってるんですけどね)
 
310: dell  2002/07/22(Mon) 19:23
>>288

勝手に人のコテハンを名乗らないで頂きたい!
>>288は私ではないので、念の為。
 
311: キスケ  2002/07/22(Mon) 19:24
>>181, >>231
というわけで、Suttonのやっている実証は「ゲームを組む->均衡を求める->データで検証」
というEmpirical Industrial Organizationよりも(優劣は別にして)一段高い所からの
(定性的な?)分析みたいなんです。
日本の産業組織論でこの種の研究が行われているのかどうかは、よく知りません。
大学紀要とかに「産業間に成り立つ法則発見!」なんて論文があるのかもしれませんね。

>>164
> ゲーム家のたまごなら、評判をクチコミで聞けるでしょう。

164さんの伝え聞いた評判で結構です。ぜひ教えて下さい。

灯台のセミナーでは、どんな感じだったんですか?>院生の皆様
 
312: キスケ  2002/07/22(Mon) 20:48
>>311あ”ー Suttonも「ゲームの均衡の性質が現実と一致するか」を検証している点は
   同じだなぁ。何かこう、少し離れてぼやーっと眺めている感じなんです。
 
313: ドラエモン  2002/07/22(Mon) 21:37
>少し離れてぼやーっと眺めている感じなんです

それが、このスレッドのまさに論点だと思うよ。現在の経済学の主流は、インフォーマル
にはともかく、フォーマルには顕微鏡とかルーペを持ち出すが、少しはなれてみると同じ
ものが世の中には沢山あるんじゃないのかな?

水に投げ込んだ石の起こす波紋の形と、水銀の池に投げ込んだ石の起こす波の形など・・・
 
314: 俺の名無しさん  2002/07/23(Tue) 00:34
質問です。
「寡占市場で、需要関数を固定して、企業数 -> ∞ のとき、均衡価格 -> 競争均衡価格」
という命題は「普遍的」に成り立つんですか?

もちろん、クールノー、ベルトラン、シュタッケルベルグなどで成り立つことは、
逐一チェックすればいいので簡単です。
できるだけ「ぼやーっと」してて個別の競争形態によらない説明はあります?
 
315: 俺の名無しさん  2002/07/23(Tue) 00:34
>>310いけ面(と言う噂)のdell、切れる
 
316: 俺の名無しさん  2002/07/23(Tue) 00:40
で結局dellと小谷おばたんとはいかがな関係かと・・
 
317: 俺の名無しさん  2002/07/23(Tue) 18:11
>というわけで、Suttonのやっている実証は「ゲームを組む->均衡を求める->データで検証」
>というEmpirical Industrial Organizationよりも(優劣は別にして)一段高い所からの
>(定性的な?)分析みたいなんです。

Suttonもすこし変わった本書いているんですね。90年代はいっても
Suttonは普通のモデル作っているよ。
ドラエモンのいんちき発言はむかつくが、キスケ氏のカキコは地平
の融合があっていいですね。

>>313
またつまみ食いによる自説の補強をはじめましたね(藁
いいかげん、疲れるので自分の正当さを粘着に主張しないでくださいな。

 
318: くろき げん  2002/07/23(Tue) 18:24
John Sutton の "Marshall's Tendencies" を手に入れる前に、 Economics and Philosophy Vol.18 Issue 01 の特集を読んでしまいました。なるほど、これは実物を読んでからにした方が良いというアドバイスはその通りだ。 Sutton を誤解したまま批判している評者がいるので注意が必要だ。

Economics and Philosophy の特集を見ただけで "Marshall's Tendencies" の内容を知ったつもりになってはいけないという制限付きであっても、多いに楽しめました。ちょっとおおげさかもしれませんが、「科学とは何か?」について考え直す非常に良い機会になりました。

つづく。
 
319: くろき げん  2002/07/23(Tue) 18:25
つづき。

各種批判に対する Sutton 自身による回答のかなりの部分が "class of models" アプローチに関する考え方の説明に費されています。

科学的には当然だと思われる前提は、信頼できる一つのモデルで現象をうまいこと説明できる場合は極めてまれだということです。 (私の言葉遣いで言い直せば「普遍性 (universality) を持つモデルで説明できる現象は極めてまれである」となる。普遍性を持つモデルは極めて貴重である。)

おそらく、経済のような複雑な対象を扱う場合はそれが可能になる場合はさらに限られたものになるでしょう。もちろん、経済に限らず、他の複雑な対象を扱うあらゆる分野においても同様の困難にぶちあたることになる。

それでは、信頼できる一つのモデルを得られそうもないときには、 ad hoc な仮定に頼ったりせずに、科学的に信頼できる知識を得ることは不可能なのだろうか?

Sutton の回答は「いいえ」です。一つの "true model" を追い求めることをあきらめて、 "class of models" アプローチを採用すれば成功する場合がある。

ad hoc な仮定 (たとえばマクロ経済学における rational expectations の仮定) に頼って "true model" を追い求めることは権威主義に繋がってしまうが、 robust な経験的事実だけを基礎にした "class of models" アプローチであればそうはならない。

つづく。
 
320: くろき げん  2002/07/23(Tue) 18:25
つづき。

経済学をやる前は物理学をやっていた Christ は「Sutton は "class of models" アプローチを standard econometric procedure からの離脱とみなしているように見える。私は "class of models" アプローチを normal pricedure とみなす方を好む」(p.23)と Sutton の考え方に対して極めて好意的な意見を寄せています。 Christ の立場では「class of models はそれ自身 model である」というのようです。

Christ 自身は触れてませんが、「くりこみ」や「普遍性」の考え方が発見された後の物理学では一つのモデルではなく、モデルの集合を考えることは常識的になっています。「くりこみ」と「普遍性」については以下を参照して下さい:

http://www-cc.gakushuin.ac.jp/~881791/SandU.htm
http://www-cc.gakushuin.ac.jp/~881791/u.htm
http://www-cc.gakushuin.ac.jp/~881791/r.htm
http://www-cc.gakushuin.ac.jp/~881791/td/index.html

Sutton 自身は、 19世紀の始めに熱力学の基礎を作り上げた Carnot の話を利用して、 "class of models" アプローチを説明しています。 (だから、「くりこみ」と関係する意味での「普遍性」の話とは少し離れてしまう。しかし、「系の詳細を無視し、観測が容易な量だけに注目して、どれだけ信頼できる理論が得られるか」という一般化された「普遍性」の考え方の範疇には含まれている。)

"Marshall's Tendencies" が手もとにないので、 Sutton 自身が正確にはどのようなことを言っているかはわからないのですが、現在「カルノーの定理」と呼ばれている熱力学における基本的な結果は、 "class of models" アプローチ、特にその特殊な場合における実現である "bounds" アプローチにいかにも関係していそうに思われます。

つづく。
 
321: くろき げん  2002/07/23(Tue) 18:26
つづき。

Carnot は熱機関の効率を研究しました。「カルノーの定理」はおおざっぱには「熱機関の効率には上限があって、効率の上限はその熱機関が熱をやりとりする高い温度の熱源と低い温度の熱源の二つの温度だけで決まる」という定理です。

物理学的に重要なポイントは熱機関がどのような物質で構成されていても効率の上限が温度だけで決まってしまうということです。「カルノーの定理」が予言する通りにあらゆる熱機関の効率に上限が存在するということは今まで例外なく経験的に成立していることが知られています。

Sutton の議論との関係において重要なポイントは、「カルノーの定理」は各熱機関ごとの効率を一意に決定するのではなく、あらゆる熱機関の効率の上限 (upper bound) を与えるということです。等式ではなく、不等式で結論が述べられる。

各熱機関ごとの効率を理論的に求めるためには熱機関の種類ごとにより詳細なモデルを構築しなければいけません。

Sutton の "class of models" は以下のような類似を考えると理解し易いと思う:

熱機関の種類ごとの特殊なモデル ←→ a model
熱機関のモデル全体の集合    ←→ class of models
カルノーの定理とその実証    ←→ "bounds" アプローチの理論的帰結とその実証

つづく。
 
322: くろき げん  2002/07/23(Tue) 18:27
つづき。

誤解を防ぐために強調しておかなければいけないことは、 "bounds" アプローチは "class of models" アプローチの特殊な implementation に過ぎないことです。

しかし、 Sutton は "bounds" アプローチによって、 industrial organization の分野でかなりの成功をおさめているらしい。この点の詳細はまだ全然理解してないのですが、方法論において熱力学とのアナロジーが通用するような信頼できる結果が経済学においても得られているという事実はきっと驚くべきことなのだと思います。

さらに、 "class of models" アプローチは "true model" を求めようとする通常のアプローチを否定しているのではないということも強調しておかなければいけません。それらの異なる方法論は互いに補完的な関係になっている。

つづく。
 
323: くろき げん  2002/07/23(Tue) 18:28
つづき。

ただし、 Sutton が回答の p.61 で次の点を強調していることには注意しなければいけません:

>If theorists can do no more than provide a framework for parameter
>estimation, then economic theory is a poor kind of thing.

Sutton はこの文への脚註で、マクロ経済学における rational expectations の仮定を権威的な態度で当然とみなすべきではないことを強調しています:

>The key issue is this: by accounting for observed outcomes by
>reference to latent variables, we might in principle allow ourselves
>enough leeway to reconcile any set of observations with a preferred
>underlying theory. This tension is particularly evident in the
>rational expectations macroeconomic s literature, which I discuss at
>length in Chapter 4. Professor Renault's closing remarks sug gest
>that, in this debate, he is sympathetic to the school of thought which
>favours imposing rational expectations as a maintained assumption. In
>Chapter 4, I argue for the importan ce of having competing schools of
>thought, so that the R.E. programme per se remains open to challenge.

当然この批判は「マクロ経済の動学的一般均衡モデル」全般に及んでいると考えるべきだと思います。

Sutton が要求する理論の実証には厳しい条件が付いているようです。

つづく。
 
324: くろき げん  2002/07/23(Tue) 18:28
疑問に思ったのは、 "class of models" アプローチの "bounds" アプローチ以外の implementation についてです。他にはどのような implementation が可能なのでしょうかね?

この問題は、経済学の問題としても面白いだけではなく、科学全般に関わる問題としても面白いと思う。

あと、 Sutton の問題意識を完全に離れてしまいますが、当分のあいだ Sutton が要求する程度に頑健な結果が得られそうもない分野 (たとえばマクロ経済学) について建設的な意見をどのように述べれば良いか、という問題も残っていると思う。

科学的に頑健な結果が存在しないにもかかわらず、非常に役に立っている分野に「天気予報」があります。現在の我々は人工衛生を打ち上げ、地球規模での観測網を築き上げている。明日の天気でさえよく外れるのですが、台風が発生すればすぐさま報道され、多くの人命を救うために確実に役に立っている。

以上。
 
325: くろき げん  2002/07/23(Tue) 18:34
>>308-312

キスケさん、面白いお話、さんきゅ!!!
 
326: 俺の名無しさん  2002/07/23(Tue) 21:20
>>317

ドラエモン氏も一つの風物詩なので批判するのは詮無きことだ。

 
327: 夏の名無しさん  2002/07/24(Wed) 09:40
このスレダメ人間の巣だな。「頑健」はロバストとかいてくり。健康法みたいで嫌だ。
 
328: 夏の名無しさん  2002/07/24(Wed) 12:31
えっと、確認させてください。

class of models
true model を得られそうもないときに、robust な経験的事実だけを基礎にして、複数のモデルを作る手法。
Carnot は、熱機関に使われる物質の種類、途中の操作の手順を特定しなかった。
Sutton は、market structure の分析において、企業の参入の順序、競争の形態を特定しなかった。

bounds アプローチ
class of models アプローチをとっている際、
各モデルから導かれる値の上限や下限に注目して分析、実証する方法。
Carnot は、熱機関の効率の上限に、Sutton は、市場の集中度の下限に注目した。
 
329: 夏の名無しさん  2002/07/24(Wed) 12:44
教えて君だけど、(milton)friedmanが注目したのは何の何限?
 
330: くろき げん  2002/07/24(Wed) 17:31
私の手もとには Sutton の著書がないので、 Economics and Philosophy の特集号における Sutton 自身による reply と書評などの二次的文献に頼らざるを得ない状態で意見を述べています。このことを常に注意するようにして下さい。

>>328

>class of models
>true modelを得られそうもないときに、robustな経験的事実だけを基礎にして、
>複数のモデルを作る手法。

おそらく、「複数のモデルを作る手法」よりも、
「現実を説明している可能性のあるモデルの集まり(class)を特定すること」
の方が正解に近いと思います。

ちなみに、物理学には "universality class" という言葉があって、 Sutton の "class of models" と "class" という言葉の使い方がかなり似ています。 "universality class" とは大雑把に言って「ある特定の状況において定性的性質が等しくなるモデルもしくは現象全体の集合」のことです。

現代の物理学では、各現象ごとに一つしか存在しないはずの "true model" を探すだけではなく、各現象の "universality class" を特定して研究するという志向が強いようです。

とにかく、 "true model" を探すだけではなく、 "class of models" を特定しようとするという発想は奇異なものではありません。

つづく。
 
331: くろき げん  2002/07/24(Wed) 17:32
つづき。

>boundsアプローチ
>class of modelsアプローチをとっている際、
>各モデルから導かれる値の上限や下限に注目して分析、実証する方法。

"bounds" アプローチの意味はこれで正しいと思います。

しかし、「上限や下限に注目」という点だけに注意を払うと、 Carnot だけではなく Sutton をも誤解してしまうことになると思う。

Sutton の問題意識の一つは「理論の強いテストが可能な方法を見付けること」にあるように見えます。そのことがわかる部分を Economics and Philosophy の特集号における Sutton による reply から引用しておきます。 (すでに >>323で引用した部分を再度長目に引用する。)

Economics and Philosophy の特集号を読める立場にない方は私宛にメールで相談すればなんとかなるかもしれません。私のメールアドレスは自分で調べて下さい。ただし、どこの何者か不明の方への相談には乗れません。

つづく。
 
332: くろき げん  2002/07/24(Wed) 17:33
つづき。

John Sutton, Economics and Philosophy 18 (2002) 55-62 の pp.60-61 より:

The position taken up by Robbins was that we can hope, on the basis of
introspection, to come up with a set of assumptions on which we can
build a theory which we can hope to apply with confidence, even though
it has not been directly tested. Here, my claim is simple: no theory
should be taken seriously until it has been developed to the point where
it yields a set of clear testable implications, and until the empirical
success of its predictions has been confirmed by independent re-
searchers. Any slipping back from this standard leaves us with a body of
analysis founded on a priori judgements --- and so on nothing more than
an argument from authority.

As to the `theory as a framework' view, I would hope that, whether
we start with some a priori assumptions, or develop a theory following
some toing and froing between modelling and data fitting, we could
arrive at a body of theory whose assumptions are well justified, at least
as first order approximations, and whose content lies in a set of
restrictions on the space of observable outcomes. This is certainly
possible in some areas of the subject, and perhaps in many. If theorists
can do no more than provide a framework for parameter estimation,
then economic theory is a poor kind of thing.6

引用中の最後の文に付いている footnote 6 を次に引用する。

つづく。
 
333: くろき げん  2002/07/24(Wed) 17:33
つづき。

John Sutton, Economics and Philosophy 18 (2002) 55-62 の footnote 6 の最初の段落:

6 It is at this point, I suspect, that the real difference between my position
and Professor Renault's lies. The bounds approach to market structure, and the
latent variable approach favoured by Professor Renault, are --- as we both
remark --- essentially equivalent `ways out' of Edgeworth's problem of
`indeterminacy'. The key issue is this: by accounting for observed outcomes by
reference to latent variables, we might in principle allow ourselves enough
leeway to reconcile any set of observations with a preferred underlying
theory. This tension is particularly evident in the rational expectations
macroeconomics literature, which I discuss at length in Chapter 4. Professor
Renault's closing remarks suggest that, in this debate, he is sympathetic to
the school of thought which favours imposing rational expectations as a
maintained assumption. In Chapter 4, I argue for the importance of having
competing schools of thought, so that the R.E. programme per se remains open
to challenge.

つづく。
 
334: くろき げん  2002/07/24(Wed) 17:35
つづき。

John Sutton, Economics and Philosophy 18 (2002) 55-62 の footnote 6 の二つ目の段落:

It may be helpful, in the light of this point, to return to the `latent
variable' interpretation of the bounds approach to market structure (footnote
5). The key feature of this approach is that it begins by confining the
`unobservables' incorporated in the theory (and so the candidate `latent
variables') to two variables that are known to be both important and
notoriously hard to measure, proxy or control for, viz., the entry process and
the form of price competition. We can then find a bound, relative to which the
effects of our unobservables all operate in the same direction. This is the
key to retaining a testable theory: we can reject the theory if we can show
that the restrictions imposed by the properties of these bounds are violated.

footnote 6 の全文引用がこれで終了。

つづく。
 
335: くろき げん  2002/07/24(Wed) 17:37
つづき。

>>333に引用した footnote 6 の最初の段落を読めばわかるように、 Sutton が嫌っているのは「隠れた変数への参照を用いて観察結果を説明することによって、任意の観察を自分好みの基礎理論に一致させることが原理的に可能になってしまうこと」です。

そして、そのような傾向は "the rational expectations macroeconomics literature" において顕著であることを指摘している。 Sutton による Renault に対する批判は「世界のスタンダード・マクロ・モデルは、粘着価格と不完全競争が入ったRBC」「誰も、ザ・標準モデル、標準理論を語らず、……」という態度で登場したザモデル氏およびその支持者たちをも直撃しています。
http://matari.ichigobbs.com/cgi/readres.cgi?bo=economy&vi=0290&rr=139&fi=no

「ザ・標準モデル」にこだわったとしても、 Sutton が指摘している重大な問題は残るので科学的信頼性は大して上がるわけではない。

科学的に信頼できない結果を用いる場合には他の様々な視点とのパッチワークによって大きな間違いを減らす工夫が必要になるはずだ。

そういう工夫の一貫として「ザ・標準モデル」に関する議論を展開することは非常に好ましいことだからどんどんやるべきだと思う。しかし、そうしたとしても科学的信頼性アップの面では大したことはないのだから、偉そうに権威的な態度を取ってはいけない。そして、議論が決して収束しない可能性をも覚悟しておかなければいけない。

Sutton のような方が指摘している難点について真剣に考えてみることは大事なことだと思う。

そして、部分的にしか信頼できない理論だけしか使えない場合にはどうすれば良いかについてもよく考えてみることが大事だと思う。怪しげな複数の議論をうまく組み合わせて議論全体のパフォーマンスを改良することはできないか、という問いの立て方をしてみればポートフォリオの話にちょっと似て来ると思う。

つづく。
 
336: くろき げん  2002/07/24(Wed) 17:39
つづき。

Sutton の議論に戻りましょう。

興味深いのは footnote 6 の二つ目の段落 >>334です。

それによれば、 "bounds" アプローチのキーポイントは、観測困難なファクターを二つの変数に閉じ込めることに成功したことのようです。この点は後で触れるように「くりこみ」および「普遍性」という考え方と密接に関係しているように見えます。

そして、それら二つの変数は同じ方向に作用するので、 Sutton は bound を見付けることができた。あとは、その bound があらゆる場合に検証されれば理論が強い形で実証されたことになる。 Sutton が見付けた bound は言い逃れ困難な形で反証の危険性にさらされ続けているわけです。

Sutton が満足するような理論の強いテストが可能になる場合は極めてまれであると考えらえます。しかし、それによって得られた結果の信頼性は高いので、他の事柄を考えるときの貴重な足場になる。

貴重な足場を増やすためには、強いテストが可能な場合の特徴を常に意識しておくことが望ましい。その特徴の第一候補として私がすすめているのが「普遍性」 (もしくは「くりこみ可能性」) です。

つづく。
 
337: くろき げん  2002/07/24(Wed) 17:40
つづき。

http://www-cc.gakushuin.ac.jp/~881791/r.htm
大野克嗣、田崎晴明、東島清、「くりこみ理論の地平」数理科学1997年4月号

http://www-cc.gakushuin.ac.jp/~881791/SandU.htm
田崎晴明、「普遍性と科学」

で説明されている考え方は、 Sutton の議論に密接に関係していると思われます。

「くりこみ」とは観測困難な系の詳細を少数の変数だけに閉じ込めることです。おそらく、 Sutton の "bounds" アプローチのキー・ポイントは「くりこみ」に成功したことだと言って良いと思います。 (Sutton の仕事をまだほとんど理解してないので断言はできないが、このように考えてみることは決して無駄にならないと思う。)

大事なことは、観測困難な系の詳細を少数の変数に閉じ込める過程で ad hoc な仮定が混入しないようにすることです。

物理現象の場合にそれが理論的にどのようにして可能になるかについては「くりこみ理論の地平」を見て下さい。

おそらく、 Sutton が扱った場合では、観測困難なファクターのくりこみ先である二つの変数が同じ方向に効いて来ることが決定的に重要なのだと思います。もしも現実において意図してないファクターの影響が無視できないほど大きければ、 Sutton が見付けた bound はいつか破られることになる。しかし、実際にはどのケースにおいても Sutton の bound が破られなかったならば、 Sutton によるくりこみの手続きの正しさが強い形で実証されたことになる。

これ以上の詳しい議論は、 Sutton の本が手もとにないので苦しい。すでに猛烈に苦しくなっている。だからどうしても細部をぼかした議論にならざるを得ない。

以上。
 
338: 夏の名無しさん  2002/07/24(Wed) 19:54
相変わらず、まとめるということができない人のようだけど
ほんの一部分だけあげとくと

>「ザ・標準モデル」にこだわったとしても、 Sutton が指摘している重大な問題は残るので科学的信頼性は大して上がるわけではない。
ここまでは一応よしとしても

>科学的に信頼できない結果を用いる場合には他の様々な視点とのパッチワークによって大きな間違いを減らす工夫が必要になるはずだ。
こういう根拠レスのことを馬鹿みたいにいれるのはおよしよ。
まあ、これも風物詩なんだろうけど。
 
339: 夏の名無しさん  2002/07/24(Wed) 20:45
>>338 頭悪すぎ(w
 
340: 夏の名無しさん  2002/07/24(Wed) 23:39
>>339
頭ヨ下げ
これでわかるのは〇〇か〇〇
 
341: 夏の名無しさん  2002/07/24(Wed) 23:51
放置が一番
 
342: 夏の名無しさん  2002/07/24(Wed) 23:57
Sutton, Marshall's Tendencies の第3章、ただし、bound アプローチの手前まで、説明します。
もう、これは本を借りてしまった人間の義務かと思うので。
(bound アプローチの個所はひどく読みづらい。
厳密に証明するのは難しいんだろうけど、仮定ぐらいシャンと書こうよ>Sutton
キスケさん >>308の紹介してくれた本を読むのが王道か?)

Market structure は IO (=industrial organizatin) で古典的な問題である。
「なぜある産業は、世界規模で見ても、数社に支配されているのか?」
「何が市場の集中度を決めるのか?」
「そこには何か経済学的なメカニズムが働いているのか?それとも歴史の偶然か?」

しかも、market structure の問題には、統計的な規則性も多い。
市場の集中度と、売上あたりの広告費用(advertising/sales ratio)、R&D の強度、規模の経済の強さ、などの間に関係があることが分かる。

この分野の目標は、何がこのような規則性を導いているかの自然な記述を明らかにし、
望むべくは、競争メカニズムがホントに働いていることの間接証拠を得ることである。
 
343: 夏の名無しさん  2002/07/24(Wed) 23:59
まず、単純な2段階ゲームを考えよう。
第1期に、各企業は同時に、さまざまな不可逆な(コストがサンクする)決定を行う。
工場を作って市場へ参入、R&D をやって単位コストの削減や製品の質の向上、広告を出してブランドイメージの確立、などなど。
ここでは、参入だけを考える。
第2期に、参入企業間でなんらかの価格競争をする。
(名無し言い訳:数量競争でもいいと思うから、
以下、需要関数を Q(p) = 1 - p(逆需要関数 p(Q) = 1-Q)、
費用ゼロのクールノー競争と仮定する。)
参入コストを e とする。
 
344: 夏の名無しさん  2002/07/25(Thu) 00:01
このゲームを後ろ向き帰納法で解く。
まず第2期。もし、N 社が参入したとする。そのとき、各企業の均衡生産量 q は次の性質を満たす:
p((N-1)q + q') * q' = (1 - (N-1)q - q') * q' を q' の関数と見なすとき、q' = q で最大
これを解くと、q = 1/(N+1)、各企業の粗利潤 = 1/(N+1)^2 となる。

以上を所与として第1期。潜在的な企業が十分にいると仮定する。
参入した企業が退出したがらない条件 1/(N+1)^2 >= e。
参入してない企業が新たに参入したがらない条件 1/(N+2)^2 <= e。
これを満たす N = [1/√e - 1] が均衡での参入企業数。([x] は x を超えない最大の整数)

需要関数を S * Q(p)(S は市場サイズ)に変更する。このとき、
N は [√(S/e) - 1] になる。
(名無し注:これが、観察できるパラメータ N と S/e の間の「等式」による関係。)
 
345: 夏の名無しさん  2002/07/25(Thu) 00:03
問題点は次の2点:
1. 第1期、2期の部分は単純化しすぎ。
かといってモデルを複雑にすれば、均衡が観測できない変数に大きく左右されることが分かってる。
(Sutton 1991 や 1998 を参照せよ、ってさ。)
2. たとえモデルを1つに特定しても、1つのモデルに対し複数の均衡がありうる。

(名無しコメント:1 はあらゆる数学的モデルに当てはまるが、
2 は経済モデル特有の事情か?)

おしまい。
Sutton が bounds アプローチでどう解決したかは、テキトーに推測してください。
 
346: 夏の名無しさん  2002/07/25(Thu) 00:06
おまけ:
We can then find a bound, relative to which the effects of our unobservables all operate in the same direction.

上の文は(Sutton の本に載ってる図とかから推測して)次のような意味かと:

2つの変数 (= the entry process and the form of price competition) がなんであっても、
(観察される変数たちをグラフに図示したときに)ある限界(図では境界)があって、
いつもそれと同じ側(例えば、境界の右上側)に(観察される変数たちが)ある。

つまり「bound」の定義を説明してるだけで、あまりたいした話じゃないかと。
 
347: 夏の名無しさん  2002/07/25(Thu) 04:12
>(名無しコメント:1 はあらゆる数学的モデルに当てはまるが、
>2 は経済モデル特有の事情か?)

ちゃいます。

ところで、科学的な根拠はよくわからないことについて、よい結果を
論理的に導き出す方法はものづくりの領域にはいくらでもある。
ザモデル氏はマクロ経済学が学問じゃないと言っていたのは、
工学的に政策を検証することを重視してるからだと思うんで、
上の批判は痛くないだろう。
 
348: くろき げん  2002/07/25(Thu) 05:13
>>347

以下のような考え方は私も正しいと考えています:

(1) 科学的に信頼できる根拠がまだ見付かってなくても、過去の様々な経験からそれでうまく行くことがわかっていることはある。

(2) 科学的根拠もないし、あまり信頼できるとは言えないが、ある種の仕事をやる上で知っておいた方が便利な考え方はある。

科学的に信頼できる理論ができてなくても、経験則としてものすごく確からしいことであれば、それは科学的な知識です。しかし、ザモデル氏の意味での「ザ・標準モデル」はそのような知識ではない。 (こちらは Sutton の批判の範囲に含まれている。)

「ザ・標準モデル」の「標準」という言葉には実際には「業界のローカル・ルール」程度の意味しかない。科学的根拠もないし、あまり信頼できるとは言えないが、業界のローカル・ルールになっている考え方を使う場合には相当な注意が必要だと思います。

少なくとも、それ以外の考え方を認めずに、業界のローカル・ルールを押し付けようとするのはまずい。注意深く、他の考え方とのリンクを切らずに議論を進める必要があると思います。科学的に十分信頼できる理論が存在しない場合には、たとえば歴史に言及するタイプの議論とのリンクを切るのは危ないんじゃないですかね。

業界のローカル・ルールでしかないものを「ザ・標準モデル」と呼ぶ権威的な態度よりは、使えるものはなんでも利用するというパッチワーク路線の方が「ものづくり」だとか「工学的」という言葉にふさわしいと思います。
 
349: くろき げん  2002/07/25(Thu) 05:18
>>342-346

こういうのはものすごく助かります。非常に参考になりました。

おかげで、 >>308でキスケさんが紹介している Sutton 1991, 1998 の二冊も同時に買うことを決心できました。しかし、詳細にはまりだすと、ものすごく時間が取られそうなので、ぼちぼちやって行きたいと思います。
 
350: 夏の名無しさん  2002/07/25(Thu) 07:35
sasuga inchikiyarou
 
351: 夏の名無しさん  2002/07/25(Thu) 10:37
>>348
>業界のローカル・ルールでしかないものを「ザ・標準モデル」と呼ぶ権威的な態度より>は、使えるものはなんでも利用するというパッチワーク路線の方が「ものづくり」だと>か「工学的」という言葉にふさわしいと思います。

一貫して検証する方法があればな。工学的な手法をなぜ組み合わせないか昔から
不思議だ。

くろき氏はどうやら主流派のモデルを理解もせずに、最初から批判的な態度を
とっているようだが、物理学とのアナロジーみたいなアンフェアな論理を使うのは
感心しない。(というか科学者には見えない。)
 
352: 夏の名無しさん  2002/07/25(Thu) 13:15
黒木氏は、あたりまえの事を言ってるだけ。
「怪しい業界ルール」じゃないと挙証責任のあるのは、351やザモデルの方じゃないかね。

まあ、「死ね」とか平気で書くザモデルや、根拠の無い351と話しても無駄なんだが。
351のようにザモデルを擁護したい人(単なる「反黒木」な無知蒙昧にすぎんが)は、
これまでの経緯を捻じ曲げることなく、ちゃんと過去ログを読むように。
 
353: 夏の名無しさん  2002/07/25(Thu) 19:12
いちばん捻じ曲げていたのはドラエモンでした。氏んだやつに鞭打つ気はないが。
くろきは利用されているだけ。2人ともマクロの大学院レベルの教科書くらい読め
って感じ。
 
354: 夏の名無しさん  2002/07/25(Thu) 19:51
ふふ。フリードマンの貨幣数量説をせせら笑っていた脳足りんのケインジアンと同じね...>351,>353
 
355: 夏の名無しさん  2002/07/25(Thu) 21:49
マクロの話になるといつも聞こえないふりをする(しかない)名無しです。

>>347
>ちゃいます。

ちゃうだろうなぁと思いながら書いたけど、やっぱり違うんだ。ごめん。
ところで、次の2つの主張のどっちが間違ってるの?それとも両方?

1 はあらゆる数学的モデルに当てはまる問題点だ。
2 は経済モデル特有の事情だ。

それと、後者がうそだった場合、具体的な反例(=複数均衡をもつ非経済モデル)を知りたいです。
 
356: 夏の名無しさん  2002/07/25(Thu) 23:10
このスレッドには、353のようなレベルの低いのは、いらない。
 
357: 夏の名無しさん  2002/07/26(Fri) 07:39
>フリードマンの貨幣数量説をせせら笑っていた脳足りんのケインジアン
上手い。しかもrobustnessにもちゃんと関係ある話だし
 
358: 夏の名無しさん  2002/08/06(Tue) 02:05
またSutton さん、いっらっしゃるみたいね。
http://www.e.u-tokyo.ac.jp/cirje/research/workshops/macro/macro.html

 
359: 夏の名無しさん  2002/08/06(Tue) 08:14
何で松山その他が* Presentation in English なの?
ブラウンさんいるからかもしれないけどね。
ちょっと・・・
 
360: 歌舞音曲  2002/08/06(Tue) 16:59
ちょっと独白。いい方法論は穏健な経済学の営為の障害にならないのだと思う。sutton本、今日ようやく買えたのでこれから読んで気が向いたら投稿します。
 
361: キスケ  2002/08/07(Wed) 21:41
>>358さん 情報感謝です!(私は行けない...)
>>359さん
仮説1:ルール(日本語が達者でない人がいる&自分が英語を話せる->英語で報告)に
    沿った行動(ルールとは言い過ぎだな)
仮説2:海外生活の長い人は、英語で議論する方が楽なことあり(私には想像不能な世界)
 
362: The Model  2002/10/29(Tue) 17:26
こっちあげるべき?
 
363: 名無しさんの秋  2002/10/29(Tue) 17:43
>>362The Model ホンモノ?
 
364: The Model  2002/10/29(Tue) 17:54
iie.
 
365: 名無しさんの冒険  2007/04/20(Fri) 22:02
 あらゆる数理技巧を駆使したが、我々に無いものを圧倒的な存在感を
もって示すのが出雲の鉄。古代と最先端を同時に持ち合わせる許せないやつ。
 
366: 名無しさんの冒険  2007/07/25(Wed) 13:26
女の価値=f(顔、胸、知性)
 
367: 名無しさんの冒険  2007/07/25(Wed) 13:45
男の価値=f'(背の高さ、年金を65才でどれだけもらえるか、会話は成立するか、趣味はあっているか)
 
368: 名無しさんの冒険  2007/07/26(Thu) 02:49
>>367
数学的モデルとは言えないな。
 
369: 名無しさんの冒険  2007/07/28(Sat) 22:16
うーむ。
男の価値=f(背、収入、学歴)

>368
>366は数学的モデル?
 
370: 名無しさんの冒険  2007/07/29(Sun) 01:49
>>367には説明変数に数量化できないものがあるじゃん。

 
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